『紳士同盟』ほか、コン・ゲーム小説

 マシュー・クラインの『キング・オブ・スティング』が面白い。コン・ゲームものは書くのが難しいことだろうに、これだけ秀逸なものに出会うと、嬉しくなる。
 主人公キップ・ラーゴが、さまざまな詐欺の手口を紹介しつつ、ラスヴェガスの大物に仕掛けるゲームは、IT企業という素材は今風ながらネタそのものは古典的、でもそれだけに現実感があるし、筋運びやひねりが巧く、読んでるこちらも気持ちよく騙されました。苦味とあたたかさを共に感じさせる結末も見事な、娯楽小説のツボを押さえた逸品。
 こういうのに出会うと、コン・ゲーム小説をさらに読みたくなってくる。
 幸い、小林信彦の『紳士同盟』が最近、版元を移して復刊したはず、と思って書店に行ったが、なかなか見つからない。都内まで出向いて数軒まわり、ようやく手に入れたのだけれど、奥付を見たらこの6月に出たばかり。どうして、3、4ヶ月しかたっていないのに、書店にないのかな。
(たぶん、本が多すぎて、書店は出たものを並べるのに手一杯だから、ちょっとでも日にちがたった本は世話できないし、置いておくスペースもないのだろう。読む本をじっくり選びたい人は、どれを買おうか考えているうちに買い逃してしまう。書店はなかなかそれをフォロウしてくれない。なるほど、こんな調子じゃ本が売れなくもなるだろう……おっと脱線。)

 最初に本になったとき、タイトルに惹かれてすぐ読んだのだけれど、当時ぼくは高校生、殺人事件の謎を解くミステリは読めても、詐欺となるとよくわからなかった。数年前に読み返したくなって、古書店新潮文庫版を買って読みかけたが、はじめのほうにある、キャンディーズをネタにしたギャグにずっこけ、読めなくなってしまった。
 が、本の姿が変われば読者の気持ちも変わる。気を取り直して読んでみたら、これがまたすばらしく面白い。翻訳して欧米で出版したら相当に売れるだろう、と思ったほど。
 コン・ゲームを仕掛けるメンバーは、一人を除いて素人。彼らに詐欺を指南する老人は、自分たちの仕事をソフィスティケートされたゲームと考えている。だから、作品の色調は明るくユーモラスだ。奇妙奇天烈な銀行襲撃に始まり、ゲームは回を追うごとにレベルが上がり、スリルも増していく。どんなことをするかは、知らないで読むにこしたことはないが、細部にわたって計算が行き届いている、とだけは、明かしても問題はないだろう。5人目のメンバーになって、2億円を狙うゲームに参加したつもりで読んでみよう。読み終えたときの爽快感は類を見ない。宝くじを買うよりずっと、豊かな気持ちになれるように思う。

 矢も盾もたまらず、続編『紳士同盟ふたたび』を読む。幸い、こちらはすぐに手に入った。傑作の4年後に書かれたこれもまた、傑作だ。
 一度は詐欺に手を染めたメンバーたちも堅気に戻ったものの、ふたたびコン・ゲームをしよう、と踏み切る動機に無理がないので、読む側も自然に物語に入っていける。今度のゲームは、映画や絵画を扱ったものとなり、さらに洒脱になっていて、カモにされる側を描くさいにも、それらへの愛が感じられる。どんなゲームになるかは、読んでのお楽しみ。前作同様、伏線の妙技や細部への計算の見事さは脱帽ものです。
 日本語で書かれたコン・ゲーム小説の傑作2篇、続けて読めば楽しさもまたひとしおでしょう。

   *

『キング・オブ・スティング』マシュー・クライン 澁谷正子訳 ハヤカワ文庫NV2008(CON ED by Mattew Klein, 2007)http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/31178.html
紳士同盟小林信彦 扶桑社文庫2008(初刊/新潮社1980)http://www.fusosha.co.jp/book/2008/05703.php
紳士同盟ふたたび』小林信彦 扶桑社文庫2008(初刊/新潮社1984http://www.fusosha.co.jp/book/2008/05741.php