キャンバスの匂い ボクシング・コラム集

《ワールド・ボクシング》誌(現《ボクシング・ワールド》)に、十年以上にわたり連載されたコラムをまとめ、他誌掲載の試合観戦記などを加えた本で、400ページを超える厚みに、ボクシングをめぐる短文がびっしり収められている。
 三分一ラウンドの試合のように、コラムは三ページで一篇。そして、試合よろしく、その三ページの書き出しから結びまでが、緊張感に満ちている。読み流すことはできない。サンドバッグに向かう練習生よろしく、一篇一篇に集中する。読むうちに、言葉の向こうからリングが見えてくる。試合がTV中継されるスター選手だけではなく、顔を見たこともない選手たちの姿さえ、浮かんでくる。
 無駄のない、それでいてどこかくせのある文章ゆえに、だろう。乾いていて簡潔なのに、感傷がある。笑いがある。詩がきらめく。
 きらめきは時に箴言となる。「同情は尊敬を破壊する。」「美しい敗者はいつか風化する。」ストレートのように鋭く、言葉が胸に打ち込まれる。
 どこかに寺山修司の影がほの見える。だが、ボクシングに詩情を見出しても、著者の文章はより乾いていて、より鋭く、時にユーモラスだ。そう思っていたら、ポール・ギャリコの『ゴールデン・ピープル』が引用されている。ノーマン・メイラーへの追悼文がある。ふと、チャンドラーの匂いを文章に感じたが、あながちぼくの勘違いでもないだろう。
 モノクロームのジャケットには、拳を構える若いボクサーが一人。人目を強く惹くわけではないが、真摯さを強く感じさせる装丁だ。この真摯さが心のどこかに響いたら、プロローグだけでも読んでみてほしい。この本に湛えられたきらめきが伝わってくるはずだ。
 本を立ち読みするのが自由なように、ボクシング・ジムの見学も、たいていは自由だ。興味を持ったら、中に入って見てみよう。

『キャンバスの匂い ボクシング・コラム集』藤島大 論創社 2009

論創社HP(本書のプロローグが読めます) http://www.ronso.co.jp/
朝日新聞書評(2009年5月24日 穂村弘評)http://book.asahi.com/review/TKY200905260099.html