明治・大正 スクラッチノイズ

 書店で見かけて、題材の好みや守備範囲とは関係なく、いきなり心惹かれてしまう本というのが、たまにある。ここしばらく、そのような出会いはなかったのだが、久しぶりに出会ったのが、こんな本。
 ジャケットが和田誠だから手にとってみたのだが、永六輔の序文を読んで、「これはきっと面白いにちがいない!」と確信した。で、読み始めたら、もう止まらない。
 タイトルどおり、明治元年から大正十四年までを、一年ごとに音楽や演劇を中心としたエピソードでつないでいく、というもの。だが、明治維新の話に力道山が出てきたり、明治九年の米ナショナル・リーグ誕生から現代の日本プロ野球に飛んだ熱弁が止まらなくなったり、自由奔放。著者の数ある仕事のひとつがジャズシンガー、と知れば、それも納得、まさに言葉のアドリブ。薀蓄と駄洒落とさまざまなエピソードが、大枠を平気で踏み越えて連なっていく。
 このように、雑談よろしく時間も空間もシャッフルしながら、著者はこの五十七年間の、自分が生まれるより前の大衆文化史を語る。その中から、演劇の変遷、映画の誕生と隆盛、ジャズ輸入史などなど、今の文化の土台となっているものが見えてくる。
 新しいながら気骨ある本を出す版元の、本書の売り文句は「ジャズ講談」。永六輔氏、序文に曰く「ひとりジャムセッション」。名調子に乗って軽く読めるのに中身が濃くて、こんな本、ほかにはちょっとないでしょう。

『明治・大正 スクラッチノイズ』柳澤慎一 ウェッジ文庫2009 *初刊・文芸社(2000)に大幅に補筆 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/408