八十日間世界一周

 小説を読むのは長らくの趣味だし、感想を書くのも楽しみのうちだけれど、それを「ブログ」という形で公開することは、自分にとって何の意味があるのだろう。この『暢気倉庫通信』をはじめてからというもの、ずっと考えてきた。
 それが、このたび光文社古典新訳文庫から出た『八十日間世界一周』を読んで、ひらめいた。
 ぼくが本の感想を公開するのは、本そのものへの「称賛」と、著者(訳者、編者などを含めて)への「敬意」と、その本がぼくの手に届くまで、さまざまな形で関わった人々への「感謝」を、形にしておきたいからだ、と。
 そう考えるほどに、この『八十日間世界一周』は面白い。これまで、他の翻訳で何度も読んでいて、筋も登場人物の名前も、結末さえ覚えているのに、新訳をあらためて読んで、やはり面白かった。
 だから「面白い!」と書いてしまったら、それで終わってしまう。ぼくとしては、この四文字に称賛も感謝も敬意も込めているわけだが、それではあまりに短すぎるから、もう少し書いてみる。
 この面白さは、いったいどこから来るのだろう。そう考えながら、訳者の高野優氏による「解説」を読んでいたら、本作の魅力を〈ジャーナリスティックな魅力〉、〈登場人物の魅力〉、〈物語の魅力〉の三つにまとめていて、その的確さに脱帽した。
 一八七二年に、世界はどんな様子だったか。その世界で、どんな人物が、どのような物語を展開していくか。本作は、当時最新の国際情勢や交通技術、世界地理などを盛り込んだ情報小説であり、謎のイギリス人富豪フォッグ氏と、その召使であるフランスの快男児パスパルトゥーが活躍する冒険小説である。世界一周という大仕事、八十日というタイムリミット。それだけでもハラハラドキドキなところに、最後にはミステリさながらの仕掛けまで加わる。面白くならないわけがない。
 昔読んだ、という人には、今あらためて楽しむために読んでほしい。まだ読んだことがない、という人には、面白い物語に出会う幸せを味わってほしい。訳者あとがきは、面白い小説をさらに面白く訳するには、という、一種の「翻訳論」としても読めるが、それほどに訳者も「面白さ」を第一に考えているようだ。
 なお、この新訳、通常の出版物では初めての二分冊のようだが、上巻の最後、第二十一章の終わり方がなんとも劇的であるのに気づいた。ここで切られたら、すぐさま下巻を開かずにはいられないじゃないか! 意図せざる演出なのだろうが、なんとも心にくい。原書の挿絵がたくさん入っていて楽しいし、ページの字組にも余裕があって読みやすいが、このような余禄を見つけると、新訳の面白さが増すようでさえある。

八十日間世界一周ジュール・ヴェルヌ 高野優訳 光文社古典新訳文庫 2009 LE TOUR DU MONDE EN QUATRE-VINGTS JOURS par Jules Verne, 1873

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