泡姫シルビアの華麗な推理

 一昨年だったか、泡姫さんとミステリの話をしたことがある。
 ソープランドに遊びに行ったときに、というわけではない。
 一人カウンターで飲んでいて、たまたま隣の女性と映画のことをしゃべっているうちに、アガサ・クリスティ原作の映画で好きなのはどれか、という話になった。
「やっぱりミステリは映画より、小説で読んだほうが楽しいわよね」
 と、その人が言いだして、じゃあクリスティのミステリで好きなのは、というほうに、話は流れていったのだが、彼女の話しぶりがあまりに人慣れしているので、
「お仕事は、お水のほうですか」
とたずねてみた。すると、
「お水じゃなくって、お湯のほう」
という答えだったので、ああ、泡姫さんか、と気づいた。

 そんなことを思い出していたら、都筑道夫さんの〈泡姫シルビア〉のシリーズが読みたくなった。
泡姫シルビアの華麗な推理』(新潮文庫)は、今はもう絶版らしいので、探すのにちょっと時間がかかったが、高い古書価にびっくりすることもなかったし、楽しんで読むことができた。
 そういえば、このシリーズ、二冊出ていたよな、と思い出したら、たいぶ前に買ったまま積んでおいた『ベッド・ディティクティヴ』(光文社文庫)がそれで、タイトルも出版社も違うので、気づかないまま持っていたようだ。

 この二冊、それぞれ七編が収録された連作短編集で、安楽椅子探偵がいるのは吉原のソープランド「仮面舞踏会」の個室、というアイデアが、まず面白い。
泡姫シルビアの華麗な推理』のほうは、密室殺人、ダイイング・メッセージ、暗号といった、いかにもミステリらしい謎から、新聞記事や会話の断片から事件を推理していく、安楽椅子探偵ものならではのものもあり、
「ああ、ひさしぶりに本格ミステリを読んだなあ」
という気持ちになった。舞台がソープランドだから、エロティックなネタで逃げるんだろう、推理が甘いんだろう、と、色眼鏡で見るものじゃない、書いているのは都筑道夫なんだから、と、少し反省もした。

『ベッド・ディティクティヴ』のほうは、さらに謎のほうをひとひねりした印象。シルビアを訪ねてきた他店のソープ嬢が、本人を前にしているのに「この人はシルビアさんじゃない」と言いだしたり、「妻が双子の妹と入れ替わっているかもしれない」という相談を持ち込む客がいたり。『華麗な推理』で密室殺人の起きた姉妹店で、今度は幽霊騒動が起きる、というものもある。
 謎の設定も、都筑さんが「舞台に合うものを」と練った印象があるけれど、脇を固める「仮面舞踏会」のソープ嬢たちのキャラクターや、シルビアとのやりとりも、都筑さんが前集よりさらに書きなれてきたせいか、生き生きとしていて楽しい。ちょっとエロティックな描写が増えているような気がするのは、掲載誌の関係なのかもしれないけれど、そこさえ謎解きにきっちりからめたものもあって、舌を巻いた。

 この連作が単行本で出たのは、1980年代の半ば。バブル景気の最中で、ミステリも軽く読める薄手のものが歓迎されていた。そんな中、多くのキャラクターを持って多作していた都筑さんを、当時のぼくは、ほどほどの出来のミステリを多く、そつなく書くだけの人、と見ていて、ほとんど読もうとは思わなかった。
 最近、評論『黄色い部屋はいかに改装されたか』(名著です)を読み返したり、編集者時代のポケミスやミステリマガジンを手にする機会が多かったりで、都筑さんのバックグラウンドを再認識した思い。
 では、ならば実作は、とショートショート集を引っぱりだしたり、『西洋骨牌探偵術』を読み返したりする中、この〈シルビア〉のシリーズはことに楽しく、「ミステリの楽しさってどこにあるのかな」と、あらためて考えもしている。

 今になって、都筑道夫という人に、あらためて敬服。

泡姫シルビアの華麗な推理』
都筑道夫 新潮文庫 1986(単行本『トルコ嬢シルビアの華麗な推理』新潮社 1984
装丁 和田誠

『ベッド・ディティクティヴ』
都筑道夫 光文社文庫 1998(単行本『泡姫シルビアの探偵あそび』新潮社 1986)
装丁 奥村靫正

(追記)
 和田誠ファンとしては、『泡姫シルビアの探偵あそび』は和田さん装丁の単行本でも持っていたいもの。また神保町で探してみることにしよう。『華麗な推理』のほうの単行本は、一度しか見ていないけれど、装丁は誰だったか。あまり印象の強いものではなかったような気がする。