宝島

 最近つくづく思うことだが、人と同じで、良い出会いかたのできる本と、そうでない本がある。古典とか名作とかいうものには、ことにそれがはっきりするようで、実はスティーヴンスンの『宝島』は、良い出会いができなかったほうになる。
 最初に手に取ったのは小学生の頃で、〈少年少女講談社文庫〉の『宝島』を、同級生の誰かが学級文庫用に持ってきてくれた。このふくろうマークのシリーズではラヴクラフトに出会ったり、恐竜やUMAのことを書いた『怪獣の本』というのを小遣いで買ったりしていたので、手に取ってみたが、どうも面白いと思えず、出だしのほうの、海賊〈黒犬〉が出てくるあたりで、読むのをやめてしまった。
 今にして思えば、無理もない。当時、ぼくが熱中していたのは、ヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の航海』やバローズの『火星のプリンセス』といった、SFだったのだから。遠い未来、遠い星の物語に夢中になっている子供には、昔のイギリスはあまりに「近い」そして「小さい」話に思えたのだ。海賊どもがいかに無法でも、人間なのだから、異星の怪物たちほど恐くはなく、ぞくぞくもしなかった、というわけ。
 ところが、中年になって読んでみると、これが面白い。
 まずは登場人物。語り手のジム・ホーキンスは勇敢だし、リヴジー医師は英国紳士の見本のような人だし、頑迷固陋、いかにも海の男のスモレット船長がいる。そして何より、裏切りも仲間殺しも平気な悪い奴なのに、友達にしたくなってしまう妙な魅力をもつ、片脚の海賊ジョン・シルヴァーがいる。
 物語はいたってシンプル。海賊ボーンズの遺品からジム君が見つけた地図をたよりに、孤島に宝物を探しにいく、というだけ。その「だけ」だというのに、いや、「だけ」だからこそ、かくも豊かに展開する。船や武器といった、冒険につきもののアイテムはもちろん、食糧など生活に密接なものまでを、手を抜かず描いているからか。なんだろう、この豊かさは。この輝きは。
 前に読んだのは、阿部知二訳の岩波文庫だった。今回、この村上博基訳を読んで、あらためてこの物語の、一世紀を経ても衰えることのない輝きに触れる思いがする。本書の訳者あとがきを読むと、村上氏が本作と実に良い出会いをしたことがわかる。思えば『女王陛下のユリシーズ号』はじめ、数々の英国冒険小説を手がけた翻訳家。それらの原点というべき本作を訳したのは、ふさわしいというほかない。

『宝島』ロバート・ルイス・スティーヴンスン 村上博基訳 光文社古典新訳文庫 2008
TREASURE ISLAND by Robert Louis Stevenson, 1883