山下洋輔トリオ『キアズマ』

 聴いたまま感想を書いていないアルバムがいくつかあって、その中でいちばん古いのが(といっても、ジャズを聴きはじめたのが最近なのだから、半年ほど前なのだけれど)この『キアズマ』。
 山下洋輔という人の名前は、ずいぶん昔からなじみがあって、高校生の頃に勉強しながら聴いていたFMラジオが流す、夜遅くのジャズ番組で、ときどきスタジオライヴをやっていて、山下さんたちの演奏もその頃に初めて聴いたという記憶がある。ただ、その頃は「なんだかよくわからないけど、ちょっと面白いな」というくらいの印象しかなかった。筒井康隆の本に名前が出てきたり、高信太郎のマンガでネタになっていたりで、山下洋輔という名前は覚えたものの、アルバムを聴こうと思うまでには、ずいぶん長い時間がかかったものだなあ。
『キアズマ』を聴いてみたのは、ジャズにはまりはじめたぼくに、友人の一人が薦めてくれたからなのだけれど、初めて聴いてみたときは、「すごいな!」とは思ったが、いまひとつわからなくて、フリージャズにはまだ踏み込めなかった。で、心地よい、言い方がよくないかもしれないけれど「わかりやすい」ジャズを聴き続けて、そちらのほうの好みもつかめてきた、というのが、ついこのあいだまでのこと。
 心境の変化、というものか。個人的な問題で、音楽を聴くにも気持ちに余裕がなく日々を過ごすうちに、ふとまた聴きたくなってこのアルバムを引っぱり出してみたら、最初の印象とはまるで違って聴こえてきた。
 打楽器みたいなピアノはもちろん、超高速のドラムスも、吼えたけるサックスも、ただ暴れているように思えたのだが、今はその「暴れよう」が、整然としていて美しく聴こえる。もちろんフリージャズであるから、耳に心地よいメロディはない。が、トリオが好き勝手に音を出しあっているのではなく、それぞれの楽器が自然に湧き起こる「衝動」を音に移し、互いの「衝動」を呼応させ、構築していって、一つの音楽に組み立てていくようだ。
 そういえば、山下洋輔という人は、肘や頭でピアノを弾く変なおじさんである以前に、音楽教育をきちんと受けて育った人だった。レコード店に行って、彼がショパンを弾いているCDを見つけてびっくりしたことがあるが、この『キアズマ』にも聴こえる心地よい不協和音は、和音の美しさを知らなければ出せないだろうし、整然とした美しい「大暴れ」ができるのも、クラシック音楽の構成美を知っているからなのだろう。
 そして、タイトル曲といい、「ホース・トリップ」といい、最後の大曲「ハチ」といい、激しいはずの音の奔流に、ゆったり浸っていられる。今、自分がそんなふうに、このアルバムを聴いていることに驚いたほどだ。
 うーん。ジャズにはまった初心者は、今度はジャズの「深み」にはまりかけてるんだろうか。

〈収録曲〉ダブル・へリックス/ニタ/キアズマ/ホース・トリップ/イントロ・ハチ/ハチ
〈パーソネル〉山下洋輔(p) 坂田明(as) 森山威男(ds) *1975年6月6日、ハイデルベルク・ジャズ・フェスティヴァルにて録音

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