鎮魂歌は歌わない

 帯に撃たれた。
「ハードボイルドを愛する作家が書き/ハードボイルドを愛する訳者と編集者が/送り出す熱くブルージーな/ハードボイルド・アクション。」
 短いが濃い、ハードボイルド概論としても出色の解説「彼らは殴りあうだけではないのだ」にも、打たれた。
 そして、小説そのものに、深く打たれ、強く撃たれた。
 娘を殺された男が、その手で復讐を果たすまでの話で、それだけと言ってしまえばそれだけ、シンプルなストーリーだ。近年の海外エンターテインメント・ノヴェルに比べると、ページ数も少ない。
 だが、そのシンプルさ、物語の短さが、この小説が「ハードボイルド」であることを際立たせているようだ。細かく書かれていなくても、主人公ワイリーをはじめ、登場人物ひとりひとりの姿が浮かび上がってくる。心が伝わってくる。終始、語り手の視点のみで描かれているので、自然に省略される部分がでてくるが、事件や、その裏に絡み合うものが、垣間見えてくる。
 アクションだが、男性誇示ではない。ワイリーと仲間たちという、闘う男を描きながら、より印象深いのは、彼らの妻や恋人たち、殺された娘の友人など、女たちの強さだ。
 このような小説に出会えた幸運を喜び、引き続き、この作家の作品が邦訳されることを期待している。

 本書解説の393ページに書かれた「ハードボイルドの本質」に、ハッとした。たしかに、われわれのいるこの社会には善悪が混在している。そして、悪を糺そうとするのは個人の正義だ。
 犯罪事件でなく、身近なトラブルでも、解決のためには行動しなくてはならない。そのためにはまず、自分の「正義」を信じる勇気が必要だし、背負うものが多く重くなることへの覚悟もいる。そのような「社会」で生きている「個人」にとって、ハードボイルドというフィクションの一ジャンルは、励ましと勇気を与えてくれるものだと、ぼくは確信している。

『鎮魂歌は歌わない』ロノ・ウェイウェイオール 高橋恭美子訳 文春文庫 2008
WILEY'S LAMENT by Lono Waiwaiole, 2003
http://www.bunshun.co.jp/book_db/7/70/56/9784167705626.shtml