シャドー81

 名作として知られているのに、読みたくても手に入れられなかったミステリが、最近になってあらためて書店に並んでいる。前回御紹介した『エヴァ・ライカーの記憶』もそのうちだが、同じ月にこの『シャドー81』が、同様に出版社を移して発売された。
 新潮文庫から1977年に刊行され、1996年には改版されているのだから、かなりのロングセラーだったのだろう。今回、ハヤカワ文庫NVから刊行されるまで、入手困難な時期がどれほどの長さだったかはわからないが、このような形で生きながらえるのは、とても喜ばしい。
 戦闘機による、旅客機の機外からのハイジャック、というアイデアだけでも驚くのだが、もちろん、いきなりそんなふうに、派手に始まる話ではない。このような奇想天外な犯罪を、いかにして実行するか、その下準備に始まり、計画の進行がじわじわと語られていく。ハイジャックが実行されるのは、約500ページの小説の、200ページを過ぎたあたりだが、それまでの準備の描き方自体が、細密でスリリングだ。
 犯人(いや、主人公というべきか)がハイジャックを起こしても、目的は何か、その目的を果たすために何をするのか、やはりわからない。空回りする警察や、無力な軍や、騒ぐだけのマスコミを、著者のシニカルな書きぶりにつられて読者が笑っているうちに、犯人側からは次々と、意表を突く手が打たれていく。それに対する政府や警察、こと軍に向ける目はシニカルで、それは背景にヴェトナム戦争があるせいでもあるが、読み終えると、それだけではないことに気づく。隅々まで、笑わせるところにまで、計算が行き届いているのだ。
 余談だが、和田誠さんがお気に入りの小説を、絵と短い文章で紹介する『物語の旅』(フレーベル館)という本にも、この『シャドー81』は取り上げられている。この小説のジャケットは、新潮文庫もハヤカワ文庫NVも、旅客機とその死角に着いた戦闘機を描いたもので、構図も似ている。和田さんは、同じモチーフを違う角度から描いていて、面白い。御一覧をお薦めしたい。
 綿密な構成と、苦味の利いたユーモアで語られる、ケイパー・ノヴェルの傑作。この早川書房版が、新潮社版と同様に、いやそれ以上に、ロングセラーになってくれることを祈っている。

『シャドー81』ルシアン・ネイハム 中野圭二訳 ハヤカワ文庫NV 2008
 装丁:ハヤカワ・デザイン(写真 Yasuhide Fumoto / Getty Images)
SHADOW 81 by Lucien Nahum, 1975

http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/31180.html