20世紀の幽霊たち

 短篇小説は難しい。
 めりはりがあって、きれいに決まっていると、あざとく見えてしまうし、率直だと拙く見える。めりはりがあって、きれいに決まっていて、率直で、それでいてあざとくも拙くも感じさせないのが、本当に巧い短篇小説なのだろう。
 その、本当に巧い短篇が、ここにある……というわけではない。が、ジョー・ヒルの短篇小説には、そんな考えが消し飛んでしまうようなものを持っている。
 力強さを。
 この表現が的確かどうかはわからない。が、今のところ、ぼくはこう言うほかに、言葉がわからない。
 怖い話、不条理な話、じんとくる話……どんなものを語っても、ジョー・ヒルの小説は力強い。長篇『ハートシェイプト・ボックス』にも感じたその力を、この短編集で、さらに強く感じた。
 収録作品のうち、特に印象深かった作品について、簡単に感想を。感想を書かない作品は、つまらないのではなく、今の時点では、何をどう書けばいいのかわからない、というだけ。しばらくたって読み返したら、何か書けるかもしれない。

「年間ホラー傑作選」現実感のある、嫌な雰囲気が見事。
「ポップ・アート」読み終えて、ぽかーんとしてしまった。が、思い返すと、どこかじんとくる。
「うちよりここのほうが」父親の馬鹿馬鹿しい言動と、その向こうにある、あたたかさと優しさ。
「黒電話」誘拐、監禁とくると陰惨になりそうなのに、ならない。独特の空気のあるホラー。ぼくは、削除された結末はあったほうが良かったように思ったけれど、それは読者によって異なってくるだろう。
「死樹」短いのに、胸には重みをもって残る作品。
寡婦の朝食」どこが似ている、というのではないけれど、ヘミングウェイのある短篇を連想した。「訛り」の翻訳の仕方はいろいろ意見がありそうだけれど、ぼくはこれでいいと思う。
「おとうさんの仮面」すごいものを読んでしまった、と、しばし呆然。
「自発的入院」段ボールの要塞の、色鮮やかで楽しげで、禍々しいこと。正面きって怖いものを語っていないのに、怖いこと。
「救われしもの」これと「寡婦の朝食」を読むと、長篇 GIANT が完成されなかったのが残念にも思える。が、いずれ GIANT で書こうとしたことを、ヒルは形を変えて、読ませてくれるだろう。
 だが、これだけ秀逸な作品がありながら、次の二作に出会えた、というだけで、ぼくはこの本を読んでよかった、と、心の底から思っている。
「二十世紀の幽霊」
「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」
 二篇とも、映画を題材とした小説だ、という以上のことは、書けない。この拙い感想を読んでくれる人に先入観を与えないように、というのではない。読み終えて手が震えたり、胸が熱くなったりで、言葉が見つからないのだ。
 ジョー・ヒルの小説が引き続き邦訳されることを、心から願う。

20世紀の幽霊たち ジョー・ヒル 白石朗安野玲、玉木亨、大森望訳 小学館文庫 2008
 カバーデザイン:泉沢光雄 イラストレーション:ヴィンセント・チョン
20TH CENTURY GHOSTS by Joe Hill 2005, 2007
http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/sol_detail?isbn=9784094081343