ジャニータ・シェリダン

 ジャニータ・シェリダンのミステリを読むと(とはいっても、この人は寡作なうえ、邦訳もまだ長篇二篇と、昔に雑誌掲載された中篇一篇を数えるのみだが)あたたかい気持ちになる。そして、ミステリの楽しみというのは、本筋のほかにもあるのだな、と、あらためて思う。
 たとえば、戦後間もない1949年に発表された『翡翠の家』には、戦争が終わったから、ニューヨークでもようやくカラフルな服が店に並ぶようになった、と喜ぶ女性たちの会話が出てくる。かつては天才音楽少年だったレコード店の店員が、甘ったるいラヴソングの流行に不平をこぼしながら、甘ったるいドーナツをつまむ。語り手の作家ジャニスが、髪形を変えようと、うきうき美容院に出かけるさまが描かれる。そんなちょっとしたことが、物語の中の時代を切り取っているようで、場面場面を鮮やかにしている。そんなところが、本筋に加えて、面白い。
 そして、この物語のもう一人の主人公リリー・ウーと、彼女の同胞である中国系アメリカ人に向けるジャニスの目(それは作者シェリダンの目でもあるだろう)の優しさに、ときどき気持ちがあたたかくなる。ただ優しいのではない。異なる文化を持つ人々への理解が、そこにはある。
 解説(というよりは、そこで要約されている原書の序文)に紹介された、シェリダンのなかなかに激しい生涯(余談だが、彼女が自叙伝を書かなかったのを、残念に思うほどだ)が、生活のちょっとしたこと、とりわけ楽しいことやおいしいものの描写や、マイノリティの描き方の下地になっているのだろう。

 マイノリティに向ける目の優しさは、続く『珊瑚の涙』に、よりはっきりと現れている。シェリダン自身が長年居を構えたハワイを舞台にしているだけに、ハワイ人とアメリカ本土からの入植者の対比は、アメリカ人をデフォルメしているだけに、ハワイ文化への理解と共感を、より深く感じさせる。たとえば、上院議員が開くパーティで、ハワイ料理が供されるのを見たジャニスが、少女時代に地元の村で、みんなそろって材料の調達から調理までした御馳走のあれこれを思い出すくだり。ここまでくると、共感だけではなく、アメリカが消していくハワイの姿への哀惜まで感じてしまう。
 もちろん、ミステリ特有の要素、独特の楽しみを、この二作はおろそかにしてはいない。だから、これから読む人は安心して、画家や絵本作家やラジオドラマの女優がおくる、ニューヨークの一冬の共同生活や、主人公が再訪するハワイの、変わりゆくものと変わらないもののありようを、本筋ともども楽しんでもらいたい。
 ジャニスとリリーが登場する長篇は、あと二篇あるので、引き続き滞りなく邦訳されるよう、祈っている。

翡翠の家』ジャニータ・シェリダン 高橋まり子訳 創元推理文庫 2006
THE CHINISE CHOP by Juanita Sheridan, 1949
http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3569

『珊瑚の涙』ジャニータ・シェリダン 高橋まり子訳 創元推理文庫 2009
THE KAHUNA KILLER by Juanita Sheridan, 1951
http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3959