東京大学のアルバート・アイラー

 ジャズを聴きはじめて、だいたい一年。ジャズに強い友人たちが薦めてくれたアルバムや、自分で興味を持ったものを、引き続き聴いている。名盤ガイドブックや評論書は相変わらず手に取る気になれない。本は読むが、ジャズに関しては本イコール勉強、という印象が強く、楽しめなくなりそうな気がしていたからだ。今思えば、聴きはじめた頃に見てみた評論書のほとんどが、そんなものだったからだろう。
 でも、この本にはまいった。文庫化されて、出ていることにはじめて気づいたくらいなのだが、どうにも気になって仕方がない。大学での講義をまとめたものだから「本なんて勉強だろ」とは言うだけ無駄。書いたのは評論家でも学者でもない、実際に演奏するミュージシャンだ。ジャズの本かあ、大学の講義かあ、と、読もうか読むまいか悩んでいたが、友人が「面白い」と言うので、とりあえず『歴史編』を買ってみた。
 読み終える前に、『キーワード編』を探して、本屋をうろついていた。
 これは面白い!
 大学の講義だから、授業時間も、開講期間も決まっている。一般教養の講座だから、受講生にジャズの知識があるかどうかわからない。そういう条件があればこそだろう、ジャズの「流れ」を知ることのできる内容になっている。まずは前期で歴史を概観し、後期では「ブルース」や「ダンス」などのキーワードで、通史としてふれることのできなかった歴史の部分を把握する、という形で。「ジャズとは何か」なんてことはわからなくても、どう発生して、どう育っていったかを、知ることができる。
 わからないところも、もちろんある(ぼくに音楽の知識がほとんどないから、というのもある)。でも、大学の講義なんて、そんなものでしょう。それだけでわかるってものじゃないし、そこからもう一歩踏み込む足場ができていくわけだし。こと『キーワード編』の終わりのほう、音楽理論のことになると、手ごわいハードSFを読んでるみたいで、わからないんだけれどワクワクして、やめられない、読み飛ばせない。で、読み終えると、自分が持っていた「ジャズ」の概念が、どこかしら変わったような気がする。
 気がする、と書いたのは、どこがどう変わったか、言葉にならないからなんだけれど、実際には変わったのだと思う。というのは、読み終えて急に、エリック・ドルフィーの『アウト・トゥ・ランチ』が聴きたくなり、聴いてみたら、最初に感じた抽象画を眺めているような印象が消えて、シンプルなほどの心地よさを感じたくらいなのだから。本の帯には嘘が多いものだけれど、「あなたのジャズの聴き方はまったく新たなものになる」というコピーを、実感した。
 この本から得たものを、どうにも言葉にできないのがじれったいのだが、読み返しながらそれらをひとつひとつ拾っていこう。そうすれば、さらにジャズが楽しくなるだろうし、実際にそうしたくなるだけ、楽しい本なのだから。
  
東京大学アルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』菊地成孔大谷能生 文春文庫2009(初刊2006)
http://www.bunshun.co.jp/book_db/7/75/35/9784167753535.shtml
東京大学アルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編』菊地成孔大谷能生 文春文庫2009(初刊2006)
http://www.bunshun.co.jp/book_db/7/75/35/9784167753542.shtml