ダイヤモンドの味

『ニューヨークの野蛮人』(ハヤカワ・ミステリ)の解説「夭折の作家」によると、ノエル・クラッドは1958年に同作で脚光を浴び、続いて1960年に LOVE AND MONEY、1962年に UNTIL THE REAL THING COME ALONG の二作を発表したが、後者が出た年に事故死したという。享年四十歳。
 死の二年後、1964年に出版された遺作が、『ダイヤモンドの味』で、翌1965年には邦訳されている。『ニューヨーク…』の邦訳が原書刊行の六年後であるのに比べると、今の目から見ても、けっこうな速さだ。ただ、この訳書、どういうわけか、裏表紙にあらすじ紹介があるくらいで、あとがきも解説もない。『ニューヨーク…』の著者の遺作であることなど、知りようもないばかりか、あまりにそっけないので、売れなかったのではないだろうか、などと、未来からいらぬ心配をしてしまう。
 だが、この『ダイヤモンドの味』は、実にサスペンスフルな犯罪小説である。見事としかいいようがない。『ニューヨークの野蛮人』も見事だったが、甲乙つけがたい巧みさ、面白さなのには脱帽した。もしクラッドが奇禍に遭うことがなければ、このあとどれだけの傑作を書いたことだろうか、などと考えてしまったほどだ。
 主人公マックス・ハイジェンは、三十二歳の若さだが、全米屈指のダイヤモンド鑑定家として名高い。大手宝石商の娘と結婚し、平穏だが仕事づけの日々を送る彼に、ロスアンジェルスの新興宝石商から、破格の待遇で鑑定の依頼が来る。
 きらびやかな町に一人やってきたマックス。得たのは妻や義父からの自由と、多すぎるほどの収入。高級ホテルに住み、高級車を乗りまわすようになった彼は、恋人まで見つけたが、犯罪への甘い誘いも目前に迫っていた。新たな雇い主の圧力で、人造ダイヤに本物としての鑑定書をつける詐欺に加担せざるを得なくなった彼の選択は?
 舞台も登場人物も絞り込み、つねに「のっぴきならない」状況に主人公を置く。その中で、彼の心の揺らぎをごく自然にとらえながら、サスペンスを高めて物語を進めていくが、その行く先は、まったく予想がつかない。見事というほかない。
 宝石商の世界も、ダイヤモンド鑑定という仕事も特殊なものだが、細部まで門外漢でも楽しく読めるように描かれているのにも驚く。自然の鉱物と、それに酷似した人工の結晶の見分け方など、科学的な知識をわかりやすく披瀝していて、わくわくするほどだ。
『ニューヨークの野蛮人』とともに、本書も再び読者のもとに届けられるチャンスがあるよう、願っている。さすがに、四十余年もたつと、翻訳文も古びてしまうので、そのまま復刊というのは難しいかもしれないが。

『ダイヤモンドの味』(ハヤカワ・ミステリ902)ノエル・クラッド 小倉多加志訳 早川書房 1965
A TASTE FOR BRILLIANTS by Noel Clad, 1964