美少女

 吉行淳之介のエッセイが面白いので、続けて小説を読んでみたら、こんなものに出会った。
 もし、これがアメリカの小説家が書いたもので、舞台はロスアンジェルスかどこか、主人公が映画の脚本家かなにかだったら、おそらくはハヤカワ・ノヴェルズで出るのがふさわしいんじゃないだろうか。もしかしたら、ポケミスでもいいかもしれない。言うなれば、奇妙な味のサスペンスで、物語の基調となっているのは「プラクティカル・ジョーク」。
 放送作家の城田祐一が、レストランのマダム大場雅子に、「透明人間ごっこ」なる悪戯をしかけるところから、物語は始まる。その悪戯で一役買うのが、エキストラをしていて城田と知り合った日米混血の少女、三津子。彼女は城田が行きつけにしている酒場「紅」のホステスになるが、ある日突然、失踪してしまう。透明人間の「失踪」だなんて、洒落ているではありませんか。
 彼女の肌にあるという刺青だけを手掛かりに、城田は三津子を捜しはじめるが、それをきっかけに、彼は雅子や「紅」のホステスたちの、これまで知らないでいた一面を見ることになる。プレイボーイの素人探偵が、自分を取り巻く女たちの謎に翻弄される、といった感じで、どこかしらユーモラスでもある。旧友の推理作家の協力を得た城田が、変な動物と格闘することになったり、刺青をした女たちに次々と出くわしたり、といった展開になると、さらにオフビートな味わいが加わってくる。城田はあちこち振り回されて、最後には何が起きたのか、真相を知ることになるわけで、ミステリだと思って読んでも充分に面白いのだけれど、文章の端整さとか、言葉の使いようの恰好よさとかは、エッセイや文学作品とまったく変わりがない。
 ジャンルにこだわっていると、こういう面白い小説を見落としてしまうのだなあ、とつくづく思わずにいられない。ジャンルへのこだわりを楽しむ読者には不向きかもしれないけれど、そんなこだわりがなくて、とにかく面白い小説を読みたい、という人には、ちょっと薦めてみたくなる。
 余談ですが、たまたま同席した女性の足首に、赤い薔薇の小さな刺青を見つけて「どきっ」としたことがあります。刺青というものの、そんなエロティックな存在感も、この小説の大きな要素と言えるでしょう。もっともぼくは、城田のように深く踏み込みはしませんでしたが。

『美少女』吉行淳之介 新潮文庫 2008年第25版改版(初刊 1967年 文藝春秋
http://www.shinchosha.co.jp/book/114305/