宇宙戦争

 ぼくが初めて読んだSFは、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』だった。小学生の頃、シャーロック・ホームズの短篇が読みたくて、従兄から貰った児童文学全集の端本に、一緒に入っていた。そのころは、本を読むことの面白さを知りはじめて、なんでも手当たり次第に読んでいた。もちろん、SFとかミステリとかのジャンルもわからないから、一冊にまとまっているということもあって、両方併せて「外国の面白いお話」と思っていたような気がする。
 そんなことを思い出して懐かしくなり、創元SF文庫の『宇宙戦争』を読んでみた。ホームズものと違って、その後も繰り返し読んだという記憶がないから、もしかしたら三十数年ぶりの再読かもしれない。
 子供の頃は、ただ筋を追って読んだように思うのだけれど、大人の目で読んで、筋だけではない面白さに気づいた。
 この物語、ドキュメンタリーのような書き方で、語り手(おそらく作者ウェルズ自身なのだろう)は記録するように、この大事変を終始冷静に語っている。だが、冷静な語り口だからこそ、サスペンスも恐怖感も強烈だ。こと、被災状況や、被災者たちの様子の描き方には、相手が何者であれ、どんな時代であれ、戦争はこのような事態を引き起こす、と思わずにはいられない。
 間近に見る火星人の姿や、彼らの行動、戦闘機械の細部を描くさいには、この冷静な語り口が、それらのアイデアを支える科学的な発想を際立たせているようだ。
 語り手は避難し、その途上で砲兵や副牧師と出会って彼らと行動を共にし、閉じ込められ、さらに避難し……と、筋立てもあまり派手ではない。戦争がはっきり描かれるのは、語り手の弟の視点から語られる、戦闘機械と軍艦との戦いの場面くらいだろうか。だが、表立って描かれていないぶん、侵略の恐怖や絶望感がひしひしと伝わってくる。
 このような古典を読むときは、創作の時代背景を知るのも楽しみのひとつだ。本書では、訳者による詳細な解説が付されていて、本篇の楽しみがさらに増すのがありがたい。面白いのは、この『宇宙戦争』が雑誌連載されていた同じ年に、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が発表されていることで、解説によると両作は、同時代の小説というだけでなく「同じコインの裏表」だ、とのこと。興味深い指摘だ。こんどは、共通項を探しながら、読み返してみよう。

宇宙戦争H・G・ウェルズ 中村融訳 創元SF文庫 2005
THE WAR OF THE WORLD by H.G.Wells, 1898
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488607081