神秘の島

 ジュール・ヴェルヌと聞いて、『八十日間世界一周』や『海底二万海里』、『十五少年漂流記』や『地底旅行』を挙げる人は多いことだろうが、『神秘の島』と言う人は、少ないのではないだろうか。しかし、それは単に、この四篇の代表作に比べ、本が手に入りにくい、というだけのことだろう。それでも、この四作ほどではないが、数種類の訳書が出ている。ぼくが偕成社文庫のものを読んだのは、探しにいった書店にあったからだ。
 それはさておき、この『神秘の島』は、実に面白い孤島サバイバル物語だ。時は南北戦争の最中。気球を奪って南軍から逃れた北軍捕虜の五人と犬一匹が、折からの嵐で無人島に降りる。彼らはマッチ一本に窮するところからはじまり、その島でより良い生活をするために、頭と腕を駆使していくまでに至る。博識な技師スミスをリーダーに、五人ともがそれぞれ、料理や大工や博物学など、得意とする技術と知識を活用するあたりが、まず楽しい。『ロビンソン漂流記』のスケールを、百年後の技術とメンバーの人数分、大きくしたようだ。
 野獣や荒天、海賊の襲撃など、さまざまな困難と闘いつつ生き延びていくうちに、不可解な出来事が続けて起き、彼らはその謎を解こうとする。小さな謎が積み重なるたびにサスペンスが増してくるのが実に面白いのだが、ミステリ風に書かれているので、何が起きるのか、うっかりしたことは書けない。なお、ご存知の方は多いことだろうが、先に『海底二万海里』を読んでおいたほうが、より楽しめることだろう。このような他の作品とのつながりを、訳者はあとがきで、バルザックの《人間喜劇》に喩えている。ヴェルヌの冒険小説の、ほかにもう一作とのつながりもあるとのことなので、そちらも読みたくなった。
 ヴェルヌの小説の主人公たちは誰も、高潔で情に篤く、勤勉で前向きだ。現実の人間は、ここまで立派にはなれないだろう。でも、実在しそうになくても、そんな人々が高い理想のもと、困難に立ち向かうさまを読んでいると、励ましてもらっているような気持ちになってくる。ヴェルヌがかくも長年にわたって愛読されている理由は、このあたりにもあるのだろう。

神秘の島』(全三巻)ジュール・ヴェルヌ 大友徳明訳 偕成社文庫 2004
L'ILE MYSTERIEUSE par Jules Verne, 1875

【余談】ドゥーガル・ディクソン『恐竜時代でサバイバル』(椋田直子訳 学習研究社 2009 原書同年)という本を、ちょっと前に読んだ。タイトルどおり、恐竜時代でのサバイバル生活のノウハウを書いた、いわば「架空の実用書」だ。この本、唐突に気球が出てきたり、道具を作ることに妙にこだわっていたりで、ちょっと変だな、と思っていたが、どうもそのあたり、この『神秘の島』をふまえているような気がする。『アフターマン』や『フューチャー・イズ・ワイルド』の著者からの、ヴェルヌへのオマージュ、と思ったら、なんだか楽しくなってきた。