水時計

 ページターナーがひしめく翻訳ミステリの中に、できるだけじっくり時間をかけて、ゆっくり読むほど楽しみの増す、精緻な本格ものが登場した。ジム・ケリーの『水時計』だ。
 舞台はイングランド東部、ケンブリッジシャー州の小都市イーリー。晩秋の夜、洪水が迫る中、地元の週刊紙《クロウ》の記者フィリップ・ドライデンは、農家の廃墟で「犯人」を待っている、という場面から、物語ははじまる。犯人だって? どんな事件が起きたのか?
 次の章で、時間は一週間前に遡る。氷の張った川に沈む車のトランクには、男の死体が押し込まれていた。直接の死因は銃創によるものだが、妙に念入りな殺し方をされている。取材に駆けつけたドライデンだが、翌日はまた別の怪死の現場へ。イーリー大聖堂の屋根から、白骨死体が発見されたのだ。二人の死者を結びつけるのは、三十余年前の強盗傷害事件か?
 事件の調査過程はすべて、ドライデンの目を通して語られる。ちょっとハードボイルドものを思わせるが、探偵役が得た情報を読者は共有することになるから、実にフェアで、かつ無駄のない書き方だ。伏線は細密にしのばせてあり、読者も緊張と集中を要求される。うっかり流して読むと、大事なものを読み落としてしまいかねない。この心地よい緊張感は、なかなか得がたいものだ。
 とはいえ、興味は謎解き一本だけではない。《クロウ》紙の同僚である、ひとくせある面々や、ドライデンと行動を共にしているタクシー運転手ハンフが、ほどよいユーモアを添えているし、交通事故の後遺症で昏睡を続けている妻ローラを、ドライデンが病室にこまめに見舞うさまは哀切だ。もちろん、それぞれプロットにもきちんと結びついている。
 コリン・デクスターの絶賛ぶりにも深く納得。ドライデン・シリーズが、引き続き邦訳されることを願っている。
水時計ジム・ケリー 玉木亨訳 創元推理文庫 2009 http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488278052
THE WATER CLOCK by Jim Kelly, 2002 http://www.jim-kelly.co.uk/