パブロ・デ・サンティス『世界名探偵倶楽部』

「名探偵」という言葉には、敬意と称賛が含まれている、と思い続けてきた。が、それだけではないことに、あらためて気づいた。懐かしさと、もうひとつ、悪意のない「からかい」のような可笑しさがある。ことに、何人もの名探偵が一堂に会する物語、たとえばニール・サイモン脚本の映画『名探偵登場』(1976)などを挙げれば、それは明らかだろう。
 本作もまた、題名どおりに、世界中の名探偵たちが集合する、懐かしくも心楽しい、可笑しくも哀愁をたたえた物語だ。
 1889年、万国博覧会を間近に控えたパリ。世界各国の代表者からなる〈十二人の名探偵〉は、万博に合わせ設立以来初の総会を開催しようと集まっていた。だが、設立メンバーにしてアルゼンチン代表のクライグは、「魔術師殺人事件」を自らの最後の事件としてブエノスアイレスの自宅にこもり、数々の探偵道具を内蔵したステッキを助手サルバトリオ――ぼくに託して、出席を代行させる。
 靴職人の息子でありながら探偵に憧れ、クライグから探偵術を学んだぼくが、はじめて訪れたパリで出会うのは、あまりにも独自の探偵術を誇る名探偵たちと、さらに個性的に過ぎる助手たち。だが、フランス代表の名探偵ダルボンが、建設途中のエッフェル塔から謎の墜死を遂げた。もう一人のフランス代表、ポーランド人探偵のアルザキーは、ライバルの死の謎を解くための助手として、ぼくを指名する。
 総会での名探偵たちの奇妙な議論といい、エッフェル塔を皮切りに華やかな舞台で起きる連続殺人事件といい、旧き良き探偵小説と言うべきか、そのパロディと言うべきか。「謎」なるものをめぐる探偵と神秘主義者との相克や、サルバトリオの淡い恋を交えながら物語は進み、〈十二人の名探偵〉の謎めいた会則や、探偵と助手との複雑微妙な関係が物語世界の論理となって、事件を鮮やかな解決へと導いていく。
 本作は第一回プラネタ‐カサメリカ賞の受賞作である。中南米スペイン語圏の文学を広める意図で設立された賞とのことだが、最初の受賞作がこのように楽しい作品なのだから、今後の受賞作が(もちろんミステリでなくても)楽しみだ。引き続き邦訳されることを祈っている。

パブロ・デ・サンティス『世界名探偵倶楽部』宮崎真紀訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2009
EL ENIGMA DE PARIS. Pabrlo De Santis, 2007
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/436601.html