アガサ・クリスティー『ハロウィーン・パーティ』

 日本でもハロウィーンを楽しむ人が増えてきたようだ。下町で、悪魔の三叉矛を持った女子中学生の一団とすれ違った。『スター・ウォーズ エピソード1』のダース・モールや、『スクリーム』の絶叫仮面など、思い思いに仮装した小学生たちが、その中の一人のおかあさんなのだろう、魔女に引率されて商店街を行くのも見た。
 だからか、ハロウィーンを題材にしたミステリが読みたくなった。ホラーだと、ハロウィーンをテーマにしたアンソロジーが出ているほどだし、いくつか思い出す作品もあるのだけれど、ミステリだと何があったか、あまり心当たりがなくて、自分の知識の乏しさに頭を掻いた。エド・マクベインの87分署シリーズの、『魔術』がたしかハロウィーンのお話だったはずで、読み返そうと探してみたけれど、本をどこにしまったか、見つからない。で、本屋でこれを見つけて、ちょうどよいとばかりに買い、すぐ読みはじめた。
 久しぶりにクリスティーを読んで、まず感じたのは、スタンダードなものに触れたときの安心感。もちろん、理詰めぶりを楽しむ本格ミステリだけれど、エルキュール・ポアロの推理は快刀乱麻というよりは手堅くこつこつ、中途半端に歳をとったぼくの頭でもついていける。
 ハロウィーン・パーティに招かれた少年少女たちの中に、「殺人事件を目撃した」と言い出す女の子がいて、その子が殺されているのが、パーティの後で見つかる。子供が被害者なのは嫌だな、と思わせる隙はない。パーティのゲーム用具が凶器になったり、「仔猫が井戸に落ちたとさ」という童謡が無気味に繰り返されたり、可愛いものと怖ろしいものが背中合わせになっているのも、さすがクリスティー、と思わずにはいられない。
 被害者が目撃した事件は何か。ポアロは過去の事件を一つ一つ検証していく。地味だなあ、まるでフレンチ警部みたいだ、などと思ったけれど、これはあまりクリスティーを読んでいないぼくの先入観でしかないのだろう。ポアロだってもと警察官。でも、終盤に事件が新たな動きを見せてサスペンスが加速したり、犯行の動機が異様だったり、最後に大きく盛り上がる。うまいなあ。
 たぶん、数多いクリスティーのミステリの中では、水準作なのだろう。水準作というと「まあまあ」「そこそこ」と言ってるみたいだけれど、もともと水準の高い作家の「水準作」、しんそこ楽しませてもらいました。《翻訳ミステリー大賞シンジケート》の、クリスティーを読む連載を参考にしながら、ぼくもこれから、少しずつクリスティーを楽しんでいきたい。

アガサ・クリスティーハロウィーン・パーティ』中村能三訳 早川書房クリスティー文庫)2003
HALLOWE'EN PARTY by Agatha Christie, 1969

〈余談〉
 何年か前に、ハロウィーンを題材にしたホラー短篇を原文で読んで、とても面白かった、という記憶がある。
 病気がちな末の弟が、ハロウィーンの夜に外出したがるので、兄が連れ出すと、骸骨の面と黒いローブの、死神の仮装をした子供が、ずっとついてくる。ふとしたことで、それが仮装した子供でなく、弟を連れ去りにきた本ものの死神だ、と気づいた兄は、弟を守るため必死になって闘う。
 書いたのはたしか、ディーン・クーンツだったと思うのだけれど、題名も、その後翻訳されたかどうかも、わからない。