ジョン・ハート『ラスト・チャイルド』

 前作『川は静かに流れ』の謝辞で、ジョン・ハートは自作を「家族をめぐる物語」と言っている。たしかに、同作を読んで、まさにそうだな、と思ったが、それ以上にぼくが感じたのは、とてもよくできたミステリであることだった。これは「家族」という素材からできた厚みのある小説であり、その厚みは、ミステリとしての巧みさでもある。
 同じことが、この『ラスト・チャイルド』にも言える。同じような話、ということではない。「家族」というモチーフは共通しているが、また新たな「厚み」と「巧みさ」に、脱帽するほかなかったのだ。さらに、屋外の場面が多いからか、自然描写は前作より鮮明で、たとえば第34章のカミツキガメの描写などに出あうと、この物語の風景が映像を見るかのように伝わってくる。
 一年前に誘拐された双子の妹と、彼女を追うように失踪した父。十三歳のジョニーは、ただ一人の家族となった母を守りながら、二人の無事を信じて、人の手を借りず妹の行方を追いつづける。この母子を見守りながら、ハント刑事もまた、ひとり捜査を継続している。ジョニーの目の前で一人の男が命を落としたことから、事件は思いもよらぬ新たな局面を見せていくのだが、それは一人の少女の行方を示すだけには留まらない、深く大きなものだった。
 少年を主人公にしているのが本作の要だろう。だから事件の凄惨さ、壊れかけた家族の抱く苦しみを描きながらも、『トム・ソーヤーの冒険』や『スタンド・バイ・ミー』などを思い出させる、アメリカ少年物語の色彩もある。だからこそ、この苦難に満ちた物語は、苦味を含みながらもあたたかく、爽やかな結末を迎える。
 もうひとつ脱帽したことがある。この小説は短い章立てがされていて、章の「切り方」と、次への「引き」が、きわめて巧みだ。読みはじめたら止まらなくなる理由は、ここにもあるのだろう。こと文庫版だと、上巻を読み終えたとき、すぐに下巻を開きたくなるはずだ。そして、その「巧みさ」は、最後の一行であらためて胸に深く響くものとなる。
 またも傑作だ。著者はまだ若いだけに、次回作がなおさら楽しみになってくる。

『ラスト・チャイルド』ジョン・ハート 東野さやか訳 早川書房(ハヤカワ・ミステリ1836) 2010 http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/211836.html
『ラスト・チャイルド』上下 ジョン・ハート 東野さやか訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2010 http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/433103.html http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/433104.html