マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』

 そのウイルスの罹患者は高熱を発し、まもなく死亡する。だが、それで終わりではない。死後に甦り、生者を襲い喰らうようになる。中国奥地で発生するや、ウイルスは対処方法を探るいとまもなく蔓延し、世界は生ける屍であふれてゆく。生き延びるためには、人類は戦い続けるほかない。「ゾンビ戦争」がはじまったのだ。
 マックス・ブルックスの『WORLD WAR Z』は、そういうお話なのだけれど、もちろんキワモノなんかではない。戦後十年たって行われた公的な調査報告から省かれたインタビューを構成した、という形で語られていく。語られるのは、ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画そのままの地獄図絵。でも、それを語る世界中の人々にとっては、それぞれが戦い、生き延びてきた現実だ。五百数十ページに収められた数々の証言は、それぞれが独立していながら、「人類史上最大の戦い」を物語る、ひとつの大きな流れをなしてゆく。
 まるで、次元の裂け目から届いた並行世界のドキュメンタリーのようだ。そう思わずにはいられないほど、どのページも現実感にあふれている。
 読んでいて思い出した言葉がある。
「ホラーは、最悪の事態に立ち向かう勇気を伝えることができる」
 ずいぶん昔に英文で読んだのを自分で訳したものだが、出所が思い出せない。こう言ったのはスティーヴン・キングだったろうか、あるいは、彼について語った誰かだろうか。たしかにホラーは、恐怖を描くと同時に、それに立ち向かう勇気をも描いている。ぼく自身、思いつくかぎりでの「人生最悪の時」には、キングの『シャイニング』や「霧」が、あるいはブラッティの『エクソシスト』が、心の武器になってくれた。
 この『WORLD WAR Z』で、死者たちとの戦いに挑んでいるのは、人種も国籍も職業もさまざまだが、みな普通の人々だ。その普通の人々が、最悪の状況の中、絶望的な戦いに挑んでいくさまを読んで、新たな武器を手にしたように思う。絵空事だって荒唐無稽だってかまうものか。この分厚い本には、勇気が詰まってるんだ。
 分厚いけれど、この本は持ち歩いて読んだ。読みだしたら止まらなくなった、というのもあるけれど、厚さを気にさせない造本の良さのおかげでもある。さらに、原書のデザインもいいのだけれど、この装丁、実にかっこいい。

WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・ゼット)』マックス・ブルックス 浜野アキオ訳 文藝春秋 2010
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163291406
WORLD WAR Z: AN ORAL HISTORY OF THE ZOMBIE WAR by Max Brooks 2006