マイクル・コナリー『ナイトホークス』

 マイクル・コナリーの最新作『エコー・パーク』を読んだら、ハリー・ボッシュ・シリーズを通して読んでみたくなった。シリーズものだからといって、なにもそう律儀にならなくても、と自分でも思うのだが、以前マルティン・ベック・シリーズと87分署シリーズを、二年ほどかけて発表順に読み、実に楽しかった記憶がある。で、同じように通して読むシリーズを探していて、ようやくコナリーにたどり着いた、という次第。もちろん、《ミステリマガジン》本年7月号の特集「マイクル・コナリー・パーク」がひと押ししたのは、いうまでもない。
 なぜこのシリーズは敬遠しがちだったのか。なんのことはない、コナリーの邦訳はほとんどが上下巻になっているから、二の足を踏んでいただけだ。『エコー・パーク』だって、その前の『リンカーン弁護士』だって上下巻だというのに、ねえ。ノン・シリーズの作品も、あとでボッシュものとつながってくる、ということは、読者サービスと歓迎はしても、重荷に感じることはないし。
 で、シリーズ第一作から上下巻の『ナイトホークス』を、まず読んでみた。面白かった。どのくらい面白かったかというと、続けて第二作『ブラック・アイス』、第三作『ブラック・ハート』ときて、第四作『ラスト・コヨーテ』まで、通して読んでしまったくらいに。ここで止めたのは、次がノン・シリーズの『ザ・ポエット』だから、とりあえず切りがいい、というのもある。が、このままコナリーばかり読んで、他の本が読めなくなりそうな不安を覚えたからだ。
 ある連続殺人事件の犯人を射殺したことが問題視され、ロスアンジェルス市警本部からハリウッド署に異動させられた刑事ハリー・ボッシュ麻薬中毒者の変死事件を担当した彼は、死んだ男がヴェトナム従軍時代の戦友だったことを知る。なぜか警察内部から妨害されながらも、彼は捜査を続けていく。
 一匹狼のボッシュに、ハードボイルド・ヒーローのひとつの形が見えるが、物語の大枠は警察小説だ。が、なおかつ強く感じられるのは、著者の謎解きへの強い志向。謎解きにいたって、仕掛けの用意周到ぶりに、大いに驚かされることになる。コナリーのつかみのよさ、展開と仕掛けの巧みさは、すでにこのデビュー作からあったことに、感嘆せずにはいられない。
 第二作『ブラック・アイス』では、変死した同署麻薬課の刑事が遺した言葉をきっかけに、ボッシュはメキシコの麻薬王を追いつめることになる。アクションの要素が強いが、やはり謎解きが見事で、注意深く読めば見抜けたはずの仕掛けなのに、ぼくは心地よく騙されてしまった。
 第三作『ブラック・ハート』のボッシュは、異動の理由となった事件で射殺された「犯人」は無実だとして遺族から告訴され、被告席に立つことになる。折も折、その「犯人」の犯行とされた連続殺人事件の被害者が新たに発見され、彼は出廷の合間を縫って捜査せざるをえない。法廷もの、サイコスリラー、警察小説の要素を一本にまとめ、最後にはやはり鮮やかな謎解き。脱帽するほかない。
 第四作『ラスト・コヨーテ』になると、上司とのトラブルで休職させられたボッシュは、未解決のまま埋もれていた、自分の母親マージェリー・ロウの殺害事件を、独自に調べはじめる。「過去の殺人」というと、アガサ・クリスティーの作品にいくつかあるけれど、コナリーが書くとこうなるんだ。ボッシュの捜査は強引だが的確、解かれていく謎は複雑で、真相はショッキングだ。
 デビューからの四長篇が、そろって傑作なのには驚くほかない。ミステリの要素だけではなく、背景となるロスアンジェルスの風景や人々の鮮やかな描かれようや、史実をふまえた丁寧なつくりのドラマにも、大いに心惹かれる。そういったところも楽しめるから、何度も読み返したくなる。
 コナリーの新しい作品を読んで、いいな、と思った人には、これら初期作品のほうもお薦めしたい。楽しみが増えこそすれ、落胆するようなことはありませんよ。ぼくはこれから単発作の『ザ・ポエット』や、シリーズ第五作『トランク・ミュージック』を読むのを、楽しみにしているところです。

『ナイトホークス』(上下)マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー 1992
THE BLACK ECHO by Michael Connelly, 1992
http://www.fusosha.co.jp/book/1997/01041.php
http://www.fusosha.co.jp/book/1997/01046.php

 今回、マイクル・コナリーの初期作品を読むにあたり、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」で訳者・古沢嘉通さんがお書きになった、「初心者のためのマイクル・コナリー入門」が、大きな刺激になりました。感謝をこめて、ここにリンクさせていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054