ダシール・ハメット『デイン家の呪い』


 ハメットの長篇の中で唯一、古い(そして、読むのに努力を要する)翻訳で残されていた本作が、ついに小鷹信光氏の新訳で刊行された。旧訳は五十年以上前のもの、いま批判しても仕方ないだろうが、筋を追うだけでさえ頑張らなければならなかったのは確かで、石上三登志氏の『名探偵たちのユートピア』で紹介されているのを読んで、「ああ、そういう話だったのか」と、はじめてわかったほど。
 石上氏が「複雑怪奇でヘン」「水と油を混ぜようとしたみたいな」「てんでハメットらしくない珍作」と書いているように、たしかにこの『デイン家の呪い』、ヘンな話だ。受け継がれる悪女の血の呪いとか、過去の因縁話とか、オカルティックな宗教団体とかが絡みあう事件に取り組むのは、コンチネンタル探偵社の「私」なのだから、まずそこからして「水と油」。立て続けに起きる殺人事件は手段も派手だし、謎の美女は繰り返し窮地におちいるしで、本格ミステリを意識したか、と石上氏は推理するのだけれど、ぼくの印象はむしろ、もっと古い「探偵小説」といった感じだ。幽霊みたいなのは現れるし、アーサー・マッケンの名も出てくるしで、探偵小説の頭に「怪奇」とか「伝奇」とか、つけてもいいかもしれない。でも、思えば『マルタの鷹』だって、中世騎士団の宝物を争奪するお話だし、ハメットは怪奇小説のアンソロジーを編んでもいる(CREEPS BY NIGHT, 1931)。ハードボイルド作家というイメージは後でついてきたもので、本人はけっこう多芸多才だったのだろう。先入観なしで読んでみて、とても面白かった。この新訳、心から祝いたい。
『デイン家の呪い』ダシール・ハメット 小鷹信光訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2009 
THE DAIN CURSE by Dashiell Hammett, 1929
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/54306.html