『ソニー・クラーク・トリオ』

 疲れていたり、心に余裕がなかったりすると、音楽を聴こうという気には、なれなくなってくる。むしろ、そういうときこそ、音楽が必要なのだけれど。ふと、しばらく使ってないな、と i-Pod nano の電源を入れようとしたら、何をやっちまったんだか、充電池がカラになっていた。なんでまた、こんなことに気づかないでいられたんだろう、と思いながら、あわてて充電した。
 で、久しぶりにその i-Pod nano で聴いたのが、『ソニー・クラーク・トリオ』。ソニー・クラークのピアノは、わかりやすく、心地よい。ときどき俗っぽく聴こえるフレーズもあるが、その俗なところにも、「ジャズはいいねえ」とつい呟いてしまう。ドラムスがフィリー・ジョー・ジョーンズ、ベースがポール・チェンバースという、なんとも安定感のあるトリオだから、さらに聴き応えも増して、やっぱりジャズはいいねえ、と言いたくなってくる。
 そういえば、しばらくジャズを聴いていなかったのは、CDを買いにいっても手ぶらで帰ることが続いたからでもあるだろう。このあいだも、植草甚一さんの伝記『したくないことはしない』に、彼をジャズに引き込んだのがチコ・ハミルトンだったと書いてあったので、探しにいったのだが、大きい店を二、三軒まわってみても、チコ・ハミルトンのアルバムが一枚もなくてがっかりした。
 こんなときは、名盤ガイドブックでも読んでおいて、気になったものを拾っていけばいいのだろう。でも、その手の本でもジャズ・マニアを気取るような人が書いたものを読んでしまうと、反りがあわなくていけない。ある本には「ジャズに心地よさやメロディの美しさを求めてはいけない」と書いてあった。そう主張する人が「名盤」と呼ぶようなものを聴いても、ぼくはたぶん、楽しくはなれないだろう。この『ソニー・クラーク・トリオ』に入っている曲、たとえば「時さえ忘れて」でも「朝日のようにさわやかに」でも、まず美しいメロディがあって、そこからトリオそれぞれの即興が展開していくのが楽しいし、心地よい。マニアの人は違うと言うかもしれないけれど、ぼくにとってのジャズは、こういうものだと思っている。
 JJおじさんが《スイングジャーナル》誌のレヴュワーに選ばれた理由のひとつが、ジャズ・マニアでないことだったという記述が『したくないことはしない』にあったことを、こんなことを書いているうちに思い出した。
《収録曲》1 Be-Bop / 2 I Didn't Know What Time It Was(時さえ忘れて)/ 3 Two Bass Hit / 4 Tadd's Delight / 5 Softly As In A Morning Sunrise(朝日のようにさわやかに)/ 6 I'll Remember April(四月の思い出)/ 7 I Didn't Know What Time It Was (Alternate Take) / 8 Two Bass Hit (Alternate Take) / 9 Tadd's Delight (Alternate Take)
《パーソネル》ソニー・クラーク(ピアノ)フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)ポール・チェンバース(ベース)1957年10月13日録音