マイケル・バー=ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』

《ミステリ》の範疇に入る小説の中でも、とりわけエスピオナージュ――スパイ小説は複雑にして精妙。薦めるつもりで、うっかり余計なことを言って、台無しにしかねない。
 マイケル・バー=ゾウハーの十五年ぶりの新作長篇も、あまりに面白いものだから、人に薦めてまわりたいのだけれど、この面白さ、どうすれば安全に伝えられるか。

ユダヤアメリカ人ルドルフ・ブレイヴァマンは実業家だ。ロンドンのホテルに宿泊しているはずの彼は、警察官の激しいノックで目を醒まし、自分がベルリンにいるのに気づく。一体なぜ? そして、パルチザンの同志と共謀し元SS将校五人を殺した、という六十二年前の容疑で、逮捕されてしまう。彼の息子で民俗学者のギデオンは、父の窮状を知りベルリンに急行する。美しい検察官マグダ。政界に影響を与えるナチ信奉者たち。極右の英国貴婦人。パルチザン時代の父の同志……事件をめぐる怪しい人々。謎の渦中に飛び込んだ彼は、一老人の逮捕の裏に潜む、想像を絶する陰謀を暴いていく!

 文庫の惹句みたいに書いてみたが、いかがだろうか。
 サスペンスの古典を連想させる導入から、次第に物語は、ナチものスパイ小説の色彩を濃くしていく。ネオ・ナチがアナクロニズムなどと看過できるようなものでなく、脅威になりつつある今、バー=ゾウハーは本作のサスペンスに、現実の重みを加えた。文庫で四百数十ページ、他の作家ならば五割増以上の長さで書こうとする題材と筋立てだ。だが、この短さが、サスペンスも現実感も増強させている。
 謎に満ちた発端から、闊達な主人公が活躍する中盤を経て、物語は胸を打つ結末を迎える。この結末、忘れがたいとしか言えない。
 これを読んだら、『過去からの狙撃者』はじめ、これまでバー=ゾウハーが世に問うてきた傑作の数々を、読み返したくなってきた。今は手に入りにくいものも多くなってしまったようだけれど、雨もそろそろ上がりそうだし、バンクーバー五輪カーリング勝戦も勝敗が決まりそうだ。午後から探しにいってみようか。

『ベルリン・コンスピラシー』マイケル・バー=ゾウハー 横山啓明訳 ハヤカワ文庫NV 2010
CHARGED WITH MURDER Michael Bar-Zohar 2008
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/31212.html