トマス・H・クック『沼地の記憶』

 翻訳ミステリの読者の中でも、ぼくは「へそまがり」なほうなのだろう。これまでトマス・H・クックの小説を読まないでいたのだから。「純文学寄りで重い小説だろう」と思い、敬遠を決め込んでいたのである。だから、この『沼地の記憶』で、初めてクックを読むことになった。
 気になる本はいつも、まず出だしを立ち読みしてみるのだが、この『沼地の記憶』、「翻訳の文章はどうなのかな」と、三、四ページほど目を通すつもりで手に取ったのに、第二章まで読み通してしまった。それでも止められない。もうこうなったら、買って読むしかない。

教え子エディが悪名高き殺人犯の息子だと知ったとき、悲劇の種はまかれたのだ。若き高校教師だった私はエディとともに、問題の殺人を調査しはじめた。それが痛ましい悲劇をもたらすとは夢にも思わずに。名匠が送り出した犯罪文学の新たなる傑作。あまりに悲しく、読む者の心を震わせる。巻末にクックへのインタビューを収録。(内容紹介より)

 冒頭から示されるように、この小説は悲しく、真摯で、重い。だが、書き方は理知的で緻密だ。避けようのない運命の行く先を指さす言葉が、いたるところに潜んでいて、そこに目が留まるたび、悲劇に向かう目盛りが「かちり、かちり」と進んでいくようにさえ思える。作者の計算が、隅々まで行き届いていて、その「かちり、かちり」からも、サスペンスとともに、その計算を強く感じる。
「運命」とはいっても、その行く先は読者が容易に予想できるようなものではない。そして、結末を知ってから、もう一度最初の何章かを読んでみると、初めて読んだときには気づかなかったものが、言葉の端々から浮かんでくる。驚くほかない。
 巻末の著者インタビューからも読み取れるのだが、その緻密さや行き届いた計算は、馴染み深いミステリの要素と、すべてイコールで結ばれるわけではないようだ。それでも、この小説は深い悲しみとともに、ミステリの楽しさである、サスペンスと驚きをも味わわせてくれる。
 これまでクックを敬遠していたことを後悔してはいるが、本作から読み始められたのは幸運だ。これを機に、《記憶四部作》を読んでいきたい。ただ、緻密で繊細で、暗くもある作風のようだから、充分に楽しむために、読むさいには心身ともにコンディションを整えておこう。

トマス・H・クック『沼地の記憶』村松潔訳 文春文庫 2010
MASTER OF THE DELTA by Thomas H. Cook, 2008
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167705855