片倉出雲『勝負鷹 強奪二千両』

《悪党パーカー》シリーズの邦訳が途絶え、旧作も入手困難になっていることを、しんそこ残念に思っている。これはパーカーに限らず、ケイパー・ノヴェル(強奪小説)というものが、日本ではあまり周知されていないからだろうか。そういえば、ある推理作家氏がケイパーを指して「コン・ゲーム」と言っているのを、どこかで聞いたことがある。人事ながら恥ずかしかった。
 が、意外なところで、その渇をいやすことができた。時代小説の世界に、ケイパー・ノヴェルの書き手が登場したのだ。ぼくは、あまり時代小説は読んでいないのだが、藤沢周平の傑作強奪小説『闇の歯車』を読んだとき以来の歓喜を、本作で味わっている。『勝負鷹 強奪二千両』。タイトルからして、『悪党パーカー/襲撃』のようで、わくわくするじゃないか。

天保十四年。鹿島神宮を目指す長身痩躯の男が一人。その名は、鷹。一匹狼の凄腕の仕事人だ。今回の仕事は、境内で盛大に開かれる花会のテラ銭二千両を奪うこと。集められた面々は、鷹を入れ五人。だが、顔合わせの前に、一人が殺されてしまう! さらに、残された者たちにも魔の手が……。この仕事には裏がある!?/実力派覆面作家が放つ、本格時代活劇の快作!(文庫紹介文より)

 いわばカジノを襲撃するような仕事なのだが、それを計画した「隠居」の、素性どころか素顔さえ、鷹は知らない。集められたのは、「隠居」の愛人で変装と潜入を得意とする「百化けの早乙女」、上方の錠前破り「ウズメ屋季之助」、逃走経路を確保する「弓手の弥平次」、分け前で再起を計る貸元「牛久の清兵衛」。だが、鷹は彼らを信用してもいない。ただ、仕事をするだけだ。そんな中、早々に一人が殺され、残るメンバーも命を狙われる。
 鉄壁の守りの中にある標的。仕事を阻み仲間を殺していく何者か。そんな困難な状況の中、冷静に計画を進めていく鷹には、パーカーのファンでなくても、ぞくぞくするだろう。強奪のスリルに加え、終盤には本格ミステリさながらの謎解きもある。
 時代小説だからといって、見落とさないように。ケイパー・ノヴェルのファンはもちろん、海外のミステリが好きな読者に、ぜひ読んでいただきたい痛快な一作だ。

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 さて。この『勝負鷹 強奪二千両』の作者、片倉出雲とは、誰なのだろうか。
 解説によると、すでに百冊を越える著書を持つベテラン作家の別名だという。なるほど、時代小説の書きぶりには手馴れたものが感じられる。が、その一方で、映画やミステリ、おそらくどちらも海外のものへの造詣の深さも、見てとれる。そこから、この人は推理作家なのではないか、という気がしてきた。現代ものではなかなか書きづらいケイパー・ノヴェルを書くために、心機一転、時代小説に……ということは、ありそうだ。
 百冊以上の著書を持つ、となると、二ヶ月に一冊のハイペースで出しても、ざっと十七年はかかる見当だから、おそらくは二十年以上のキャリアがある人にちがいない。
 ぼくは時代小説には疎いうえに、翻訳ミステリばかり読んでいるから、日本の推理作家さんのこともよく知らない。だから、誰だろう、という検討もつかないのだが、ふとひらめいたことがある。
 この「著書」というのは、解説者が著者、編集者と共謀したトリックで実は「訳書」、著者は翻訳家なのではないだろうか。
 そこで、ためしに《悪党パーカー》シリーズの訳者を見てみると、創作をしている人が三人もいるじゃないか!
 小鷹信光片岡義男木村二郎
 お三方とも、時代小説を書きそうにない。だから、新たな筆名を使うこともありそうだ。著者と「片」が共通する片岡氏か。いや、ちょっと苦しいか。主人公「鷹」が名前に通じるから、小鷹氏か。ない話じゃなさそうだぞ。あるいは、かつて「ジェイスン・ウッド」のミステリを雑誌に「翻訳」し、単行本化の際にそれが創作だと明かした、木村氏か。おっ、これはもしかして……? 今度、木村さんにお会いするチャンスがあったら、こっそり尋ねてみよう。

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『勝負鷹 強奪二千両』片倉出雲 光文社文庫 2010
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334748036