アンソロジー『51番目の密室』『ポーカーはやめられない』

 ミステリに限らず、アンソロジーが好きだ。理由は単純で、いろいろな作家が書いたものを一冊で読めるから。それだけなのだが、翻訳ミステリを読みはじめたばかりで、何から読んだらいいかわからない十代の頃には、とても頼りになったものだ。
 中でも、いちばん頼りにしていたのは、早川書房《世界ミステリ全集》第18巻『37の短篇』。楽しかったのは、短篇のそれぞれに特色を示す角書きがついていることで、たとえばバロウズの「ジャングル探偵ターザン」には〈冒険〉、ケメルマン「九マイルは遠すぎる」には〈論理〉、マシスン「長距離電話」には〈恐怖〉。創元推理文庫の『世界短篇傑作集』よりも新しい海外のミステリの、多様さや多彩さが、そこからだけでも感じられたものだ。
 一昨年、そこから再編集した『天外消失』が出たときは嬉しかったが、さらに嬉しいのは、この五月にもう一冊『51番目の密室』が出た。『37の短篇』にはまだ残りがあるが、さすがにもう一冊とはいかないようだ。いや、そこまでの贅沢は言うまい。
 久々に再読したところ、十代では良さのわからなかったマクロイ「燕京綺譚」やパトリック「少年の意志」が、当時トリックに驚嘆したディクスン「魔の森の家」やアーサーの表題作よりも面白かった。その一方で、ウールリッチ「一滴の血」やライス「うぶな心が張り裂ける」の印象はまったく変わらない。自分も歳をとったわけだが、そんなところに再読の楽しさを感じた。そうそう、巻末の座談会も、最初に読んだときは「この人だけ斜に構えてるのかな」と思った小鷹信光氏の発言に、今はいちばん共感している。 

『51番目の密室』(ハヤカワ・ミステリ1835)早川書房編集部編 早川書房 2010

【収録作品】うぶな心が張り裂ける(クレイグ・ライス)/燕京綺譚(ヘレン・マクロイ)/魔の森の家(カーター・ディクスン)/百万に一つの偶然(ロイ・ヴィカーズ)/少年の意志(Q・パトリック)/51番目の密室(ロバート・アーサー)/燈台(E・A・ポー&R・ブロック)/一滴の血(コーネル・ウールリッチ)/アスコット・タイ事件(ロバート・L・フィッシュ)/選ばれた者(リース・デイヴィス)/長方形の部屋(エドワード・D・ホック)/ジェミニイ・クリケット事件(クリスチアナ・ブランド)/〈座談会〉短篇の魅力について(石川喬司稲葉明雄小鷹信光
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/211835.html

 * * *

『51番目の密室』で再読を楽しんだら、次は全篇書き下ろしの、オットー・ペンズラー編『ポーカーはやめられない』を。
 ポーカー・ミステリと聞くと、「ポーカーを知らないとわからないんじゃないか」と思ってしまう人は、けっこう多いんじゃないだろうか。そんな人にこそ読んでほしい。というのも、もちろん重点が「ポーカー」でなく「ミステリ」にあるからなのと、収録の11篇、ひとつも外れがないから。そして、念のため言い足すと、読むにあたってポーカーの知識は必要ない。
 有名作家の短篇はもちろん、サム・ヒル、ルーパート・ホームズといった、なじみのない作家のものも、いちいち脱帽してしまう。ゲームの最中に起きた殺人の謎解きがあれば、若手対老練、プレイヤー同士の息詰まる勝負もある。容疑者を追い詰めるハリー・ボッシュの妙手(マイクル・コナリー)にも、不良青年たちの裏をかく少女の機転(ジョイス・キャロル・オーツ)にも、拍手を送りたくなる。僭越ながら、ひとつ加えさせてもらうと、どれから読んでもいいのだけれど、ロレンゾ・カルカテラの短篇だけは、収録順どおり最後に読んでいただければ幸いです。
もうひとつ付け加えれば、いちおうのルールはこの文庫本一冊でわかるから、読み終えたらポーカーをやってみたくなる。ぼくも読み終えてすぐ、久しぶりに携帯電話アプリのポーカーで遊んでしまった。

『ポーカーはやめられない』オットー・ペンズラー編 田口俊樹他訳 ランダムハウス講談社 2010

【収録作品】序文(オットー・ペンズラー)/まえがき(ハワード・レダラー)/ミスター・ミドルマン(ウォルター・モズレイ)/突風(ジェフリー・ディーヴァー)/一ドルのジャックポットマイクル・コナリー)/ストリップ・ポーカー(ジョイス・キャロル・オーツ)/元手(サム・ヒル)/ポーカーはやめられない(パーネル・ホール)/ヴィクトリア修道会(ルーパート・ホームズ)/イーストヴェイル・レディーズ・ポーカー・サークル(ピーター・ロビンスン)/ソフィアの信条(ローラ・リップマン)/お遊びポーカー(ジョン・レスクワ)/朝のバスに乗りそこねて(ロレンゾ・カルカテラ)/訳者あとがき(田口俊樹)/ポーカー用語集
http://www.tkd-randomhouse.co.jp/books/details.php?id=885