ジャック・カーリイ『百番目の男』

 とんでもないミステリ作家がいたものだ。ジャック・カーリイ、曲者であり、巧者でもある。
 この人の長篇ミステリは三作も邦訳されているのに、読み逃していたので、まずは評判の高い第二作『デス・コレクターズ』を読んでみた。で、読み終える前に第一作の『百番目の男』と、第三作『毒蛇の園』を探した。どちらも見つけるやいなや買ったのは言うまでもない。それほどに惹きつけられる作家に出会ったのは、久しぶりだ。
 このシリーズの主人公は、アラバマ州モビール市警察本部の〈精神病理・社会病理捜査班〉、略称PSITに所属する刑事、カーソン・ライダー。不幸な少年時代に得た心の傷を抱きながら、軽口を叩いて上層部に盾をつき、正面から事件に取り組む青年だ。繊細な心を軽口で武装し、反骨を通すなんて、ハードボイルドなやつじゃないか。語りが一人称だから、なおさらその印象が強くなる。
『百番目の男』というのは、同作の冒頭で、同僚ハリー・ノーチラス刑事がライダーを指して言った言葉で、その言葉どおり「百人に一人」の非凡な思考回路は、いかにも現代の名探偵と呼ぶに相応しい。
 ライダーとノーチラス、二人だけのPSITが扱う事件は、班の名のとおり、サイコパスやソシオパスが絡むものだ。だが、このシリーズが一筋縄の「サイコ・サスペンス」でないのは、犯人の側の論理をしっかり書いていることで、歪んだ論理が生みだす謎をライダーが彼独自の論理で解いていく過程は、本格ミステリと呼ぶにふさわしいだろう。
『デス・コレクターズ』が本格ミステリとして、わが国で好評を得たのも、納得である。

 カルトのリーダーでもあった連続殺人鬼マースデン・ヘクスキャンプが、法廷で傍聴者の一人に殺されて三十余年。彼が遺した絵画をめぐって殺人事件が続発する。捜査を進めるうちにライダーは、犯罪者ゆかりの品々を収集するマニアの世界に踏み込んでいくことになる。
本格ミステリ〉という言葉に、斬新なトリックや大どんでん返しを期待すると、本作の楽しさからはちょっと遠ざかる。まずはテンポが速くツイストのきいた、実に面白い警察小説なのだ。が、その軽妙な一人称の語りの中に、周到に仕掛けが施されている。最大の謎は「動機」で、勘のいい読者ならばある程度は見抜けるだけの、フェアな書き方がされていて、そのあたりが〈本格ミステリ〉らしいのだろう。

 続く『毒蛇の園』はさらに曲者で、「いったい何が起こっているのか?」と思わせるような展開を見せる。一見すると「犯罪傾向のある精神病患者が逃亡し、事件を起こす。それを刑事が追う」という話のようだが、その背後で何が起きているかが、徐々に明かされていく。アクションもサスペンスもふんだんに盛り込んでいるのに、プロットは緻密きわまりない。脱帽。

 だが、極めつけはやはり、デビュー作『百番目の男』だろう。
 連続する「首切り殺人」。被害者はみな若い男で、体形は筋肉質。下腹部には細かい文字で、暗号めいたメッセージが書き込まれ、首は持ち去られている。ライダーとノーチラスは、捜査より署内政治に汲々とするスクウィル警部からの重圧に抗いながらも、犯人を追いつめていくのだが、その犯行に潜む意図が明かされたときは、自分の目を疑って何度もその箇所を読み返したほどだ。こんなふうに歪んだ論理は、ちょっと類がないだろう。
 大枠は、マクベイン以来おなじみの警察小説。主人公は「名刑事」よりは「名探偵」と呼びたくなる異能の持ち主。語りは軽妙、展開はスピーディで読みだしたら止められず、奇怪な謎は予想を上回る真相にいたる。どうです、曲者でしょう、ジャック・カーリイは。
 邦訳が続くのが待ち遠しい作家が、また一人増えたことが嬉しくてならない。

ジャック・カーリイ(Jack Kerley) 三角和代訳 文春文庫
『百番目の男』(2005)THE HUNDREDTH MAN 2004 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167661960
『デス・コレクターズ』(2006)THE DEATH COLLECTORS 2005 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167705404
『毒蛇の園』(2009)A GARDEN OF VIPERS 2006 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167705770