サイモン・ルイス『黒竜江から来た警部』


「パパ、助けて」突然、留学先からかかってきた一人娘ウェイウェイの電話。ジエン警部は矢も盾もたまらず、英語がまったくできないことも忘れて英国に単身乗り込んだ。言葉の壁にもカルチャーギャップにもめげず、ジエンは持ち前の強引さで中国系移民社会の人々を巻き込んで消えた娘の行方を追う。だが、ようやく見つけた娘の携帯電話には思いがけない残酷な動画が……!意固地で横暴で野暮でタフな、新ヒーロー登場。 (出版社HPより)

 世界地図を見てみたくなった。まずは、ジエン警部のいる黒竜江は、中国のどのあたりにあるのか。それから、娘ウェイウェイの留学先、リーズはイギリスのどこにあるのか。黒竜江は北京や上海よりむしろ、平壌ウラジオストクのほうが近いし、リーズはマンチェスターに近く、ロンドンよりはずっと北にある。どちらもあまり馴染みはないが、だからこそ面白い。「上海から来た警部」だったら、英語くらいは話せそうだし、失踪した娘を捜しに行った先がオックスフォードだったら、こんな話にはならないだろうから。
 一本の電話から、ひとり異国に乗り込む警部。言葉の壁はもちろん、「四面楚歌」とか「五里霧中」とかいう言葉そのものの状況を、手順も道理もあればこそ、まさに「孤軍奮闘」「猪突猛進」で、母国を同じくする犯罪組織のボスとわたりあう。引き離された妻を捜す不法入国の青年ディン・ミンが道連れとなるが、いちおう英語ができる彼は相棒になるのか、お荷物にしかならないのか?
 テンポよくユーモラスな味わいがあるが、その向こうに見えるのは、カルチャー・ギャップのもどかしさや、同国人を食い物にする犯罪組織や、同じ中国人の間にもはっきりある貧富や地位の差といった、悲しいものばかり。そして、異国で生活することの難しさと、それでも生活していこうとする強い意志も。イギリスに生きる中国人たちのドラマが、直截に描かれてはいなくても、文章のあちこちから響いてくる。そして、だからこそジエン警部の奮闘ぶりに共感したくなる。
 このサイモン・ルイスという人は、よくよく中国のことを知っているのだろう、と思ったら、「地球の歩き方」のHPに掲載されたインタビューを見つけ、読んで納得。次の作品もぜひ読みたいものだ。
http://www.arukikata.co.jp/webmag/2010/rept/rept46_100700.html

黒竜江から来た警部』サイモン・ルイス 堀川志野舞訳 RHブック+プラス 2010
BAD TRAFFIC by Simon Lewis, 2008
http://www.tkd-randomhouse.co.jp/books/details.php?id=925
著者HP http://www.simonlewiswriter.com/

【追記】
 一本の電話からはじまるサスペンスといえば、サイモン・カーニック『ノンストップ!』(佐藤耕士訳 文春文庫2010)も、実に面白かった。同僚からの電話に出てしまったばかりに、とんでもないトラブルに巻き込まれる平凡な男の大冒険。こちらもぜひ御一読を。

http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167705862