マイクル・コナリー『シティ・オブ・ボーンズ』ほか

 引き続き、マイクル・コナリーの長篇を、原書発表順に読んでいる。デビュー作の『ナイトホークス』から『ラスト・コヨーテ』までの四作を紹介したのが先月のはじめのこと。あれからひと月とちょっとで、長篇、それもけっこう長いものを、七作も読み終えてしまった。『翻訳ミステリ大賞シンジケート』の「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(リンクは下記)で、訳者の古沢嘉通さんが書いておられた「コナリー中毒」に、どうやらぼくも罹患してしまったのかもしれない。
 今回読んだのは、第五作『ザ・ポエット』(1996)から第十二作の『シティ・オブ・ボーンズ』(2002)まで。『ラスト・コヨーテ』でボッシュ自身の物語を一段落つけたせいか、これから何を書いていこうかという、コナリーの試行錯誤が見えるようにも思う。が、そんなときも彼はスランプにおちいりはしなかったようで、どれを読んでも面白い。ちょっと怖いくらいだ。
『トランク・ミュージック』(古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー1998)と『エンジェルズ・フライト』(同2006 初刊『堕天使は地獄へ飛ぶ』扶桑社2001)では、新しい上司のもとでチーム・リーダーとして事件に取り組むボッシュが描かれる。行動を共にする同僚や部下がいるだけに、警察小説の色調が強まった印象だ。『トランク・ミュージック』では事件と並行して語られる、『ナイトホークス』以来のボッシュのロマンスから目が離せない。『エンジェルズ・フライト』では警察官の、法の番人であるがゆえの過ちと苦悩が胸を打つ。
 この時期は、ボッシュものと交互に、別の主人公が登場する作品が発表されている。新聞記者ジャック・マカヴォイが、双子の兄の変死を機に、ポオの詩でつながれた連続警官殺害事件を追う『ザ・ポエット』(古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー1997)。心臓移植を受けた元FBI捜査官テリー・マッケイレブが、ドナーとなった女性を殺した犯人を捜すことになる『わが心臓の痛み』(古沢嘉通訳 扶桑社2000→扶桑社ミステリー2002)。前科のあるヒロイン、キャシー・ブラックがラスヴェガスで現金強奪に挑むことからはじまる、硬質な感覚の中に哀切さをたたえたサスペンス『バッドラック・ムーン』(木村二郎訳 講談社文庫2001)。ぼくはこの『バッドラック・ムーン』が、コナリーのここまでの長篇の中でもことに好きな一作なのだが、ボッシュ・サーガとの関連は、『ザ・ポエット』と『わが心臓の痛み』のほうが深い。謎解きを中心とした作風も共通しているのだけれど、続く『夜より暗き闇』(古沢嘉通訳 講談社文庫2003)で、マッケイレブがボッシュを奇怪な殺人事件の犯人ではないかと疑い、マカヴォイは映画業界で起きた殺人事件の公判に出廷するボッシュを取材するという、共演を見せてくれるからだ。単発作品の主人公が、シリーズの主人公を外から見る「目」になるというのは、あまり類のないことかもしれない。
 ここまでの六作は、どれをとっても一気読みの面白いものばかりなのだが、七番目に読んだ『シティ・オブ・ボーンズ』(古沢嘉通訳 早川書房2002→ハヤカワ・ミステリ文庫2005)には脱帽するほかない。一歩抜きん出た傑作だ。読み終えたとき、強烈な打撃にKOされたように感じたほどだ。それも、実に心地よく。
 一月一日の夕方。医師の愛犬が見つけてきた古い骨についての通報を受けたボッシュは、近くの森で白骨死体を発見する。法人類学者ゴラーにより、それが十二歳くらいの少年のもので、死亡時期は一九八〇年頃、虐待を受け続けていた痕跡があり、死因は撲殺と推定された。わずかな手がかりのなか、ボッシュは二十余年前の殺人を捜査していく……おっと、これ以上は書かないほうがよさそうだ。多くの人が言うように、コナリーを読むときはできるだけ予備知識がないほうがいいのだし、ぼくが下手な褒め方をしたら、かえってこの傑作に悪いことをしてしまうかもしれないから。

『シティ・オブ・ボーンズ』マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 ハヤカワ・ミステリ文庫2005(初刊・早川書房2002)
CITY OF BONES by Michael Connelly, 2002
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/430101.html
古沢嘉通「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(翻訳ミステリ大賞シンジケート)
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054