マイクル・コナリー『終決者たち』ほか

 この二か月ほどで、マイクル・コナリーの長篇ミステリのうち、邦訳されたものをほぼ読み通した。その間は、なんとも幸せな時間だった。ほぼ、というのは、発売されるやすぐ購読した二作、昨年の『リンカーン弁護士』と最新の『エコー・パーク』は、まだ印象が薄れていないので、読み返していないからだ。再読の楽しみは次の THE OVERLOOK が邦訳されるまでとっておこう。
 それにしても、マイクル・コナリーという作家は怖ろしい。出来に多少の波はあるかもしれないし、読む側の好みもあるだろうが、十七作の長篇に、外れがひとつもないのだから。どれに手をつけても、読みだしたら止められないほどに面白いのだ。
単発作品『チェイシング・リリー』(古沢嘉通・三角和代訳 早川書房2003 → ハヤカワ・ミステリ文庫2007)は、科学者にして起業家のヘンリー・ピアスが、間違い電話を受けたことをきっかけに、無縁なはずの娼婦リリーの行方を追う物語。ピアスがリリーを捜す理由を含めて、隅々までが綿密に計算されているのには脱帽するほかない。だが、それ以上に、脅迫にも苦痛にも屈することなく真実を追い求めるピアスのまっすぐさには心うたれる。その「まっすぐさ」が、鮮やかな謎解きと爽快な結末に、まさに最短距離で結びついている。なお、この小説、重要なところでボッシュ・シリーズとつながっているのも楽しい。
『暗く聖なる夜』(古沢嘉通訳 講談社文庫2005)は、読み返してみて、傑作だとつくづく実感した。殺人と映画撮影現場での強盗。過去の二つの事件は、さまざまな思惑がからんで複雑な謎になっている。今は私立探偵のボッシュは、その謎をわずかなほころびから、粘り強く解いていく。謎解きの面白さはもちろんだが、捜査が進むうちに浮かんでくる、事件にかかわる人々ひとりひとりの姿の、鮮やかさに圧倒された。なお、これまでの中でいちばん多く、作中にジャズの曲が流れるが、中でもルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」は、本作の主題歌といっていいほどで、ぼくは読み終えてから何度も聴き返してしまった。
『天使と罪の街』(古沢嘉通訳 講談社文庫2006)は、連続殺人鬼「詩人」が再び凶行を起こす、『ザ・ポエット』の直接の続編。ハリー・ボッシュは、テリー・マッケイブの急死に不審を抱いた妻グラシエラから依頼を受けるという、『わが心臓の痛み』『夜より暗き闇』から直接に続く物語でもある。コナリーはどれから読めばいいか、という話はよく聞くし、ぼくなら「どれからでもいいよ」と答えたいけれど、この一作だけはコナリー・ファンのためのスペシャル版とでも言うべきなので、これまでの長篇を読んだ後で読むのがいいだろう。『ザ・ポエット』の結末にすっきりしないものを感じたぼくは、本作を読んで納得した(霜月蒼氏の解説に、さらに納得)。
 訳者自身が、あとがきで「最も好きなボッシュもの」と語っているのが『終決者たち』(古沢嘉通訳 講談社文庫2007)だが、それにはぼくも同感。コナリーのミステリは実際のページ数よりもボリュームがあるように感じる、と、『エコー・パーク』を紹介したさいに書いたけれど、こちらも簡潔な筆致、スピーディーな展開、緻密なプロットの、密度の高い一作。ロスアンジェルス市警に復職し、未解決事件班に所属したボッシュの活躍は、やはり予備知識なしで楽しんでいただきたいので、これ以上は書きません。ただ、古沢さんのあとがきから、一言だけ引用させていただこう。「本書は、おそろしくまっとうな警察小説(Police Procedural)である」英語のところが肝心なのだけれど、どう肝心かは、ぜひ本を手にとって目を通していただきたい。下巻の373ページです。

『終決者たち』上下 マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 講談社文庫2007
THE CLOSERS by Michael Connelly, 2005
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2758474
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2758547

繰り返しのリンクになりますが、古沢嘉通さんの「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)は、訳者によるものだけに、最良の手引きだと思います。ぜひ御一読ください。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054