幻想探偵 異形コレクション

『幻想探偵 異形コレクション井上雅彦監修 光文社文庫 2009
 ぼくがホラーにはまったのは、アメリカでホラーがブームになった1990年代によく出版されていた、ペーパーバックの書き下ろしホラー・アンソロジーでした。追ってこの《異形コレクション》が始まったので、同じ流れにあるものという印象が、今も強くあります。
 今回のテーマは、タイトルどおりにミステリの色彩が強いようにも思いますが、ホラーもSFもファンタジイも「奇妙な味」も、ミステリもその世界に抱き込んでしまう《異形コレクション》のこと、今回はむしろ「探偵」という言葉の喚起するイメージを、物語の中で自由に膨らませていった、という印象の作品が多いようでした。
 そんな中で、ひときわ心に残るのは、朝松健「ひとつ目さうし」。室町伝奇物語にして本格ミステリ、著者のシリーズ・キャラクターである一休宗純は、これまでの短篇の中でも、名探偵さながらの頭脳を披瀝していますが、今回相手にするのは死霊でも妖怪でもなく、生身の人間の悪意と姦計。怪奇な謎とその解決が読みどころなのはもちろんですが、今回あらためて感じたのは、文章の鮮やかさ。書き出しから、心を捉えます。
 他に印象深かったものを挙げます。ヴィクトリア朝のロンドンに特異な探偵が駆ける入江敦彦「霊廟探偵」。リズミカルな文章にさまざまなイメージが煌く久美佐織「ガラスの中から」。傑作『遠い遠い街角』にも通ずるノスタルジーの中、かのホームズも絡む井上雅彦「レッテラ・ブラックの肖像」。回覧誌が秘めた奇妙な論理に仰天する芦辺拓「輪廻(めぐ)りゆくもの」。ある指揮者が遺した謎を追い作者自ら〈異界〉ロシアを探索する高野史緒「ペテルブルクの昼 レニングラードの夜」。汗と硝煙と血の匂いさえ漂いそうな凄惨さと静かな詩情に湛えられた平山夢明「幻画の女」。