金原瑞人編訳『八月の暑さのなかで』

 ホラーが好きで年じゅう読んでいるものだから、夏といえば怪談、とはあまり思わないのだが、この猛暑の折に相応しいタイトルのアンソロジーが出ていたので、飛びついて読みはじめた。英米怪奇小説から、金原瑞人さんが傑作を選りすぐって訳した、『八月の暑さのなかで ホラー短編集』だ。
 選ばれているのはスタンダードなものばかりで、年季の入った読者なら読んでいるものがほとんどだろうけれど、新訳で読むと、また新しい印象になってくるから、さらに楽しい。昔読んだという記憶だけ残っている、定評ある名作はなおさらで、怖さの中の可笑しさや奇天烈ぶり、切れのよい短篇がさりげなく湛えている哀愁や叙情を、あらためてじっくり味わえる。ポオの小品を翻訳でなく「翻案」してみる遊びも面白いし、作者紹介やあとがきに、次の読書への手掛かりがちりばめられているのも心にくい。佐竹美保さんの挿絵も素晴らしい。
 岩波少年文庫は面白い本を出すなあ、と、つくづく思う。中学生くらいの読者を想定しているようだけれど、今この本を読む十代の人たちが、羨ましくてたまらない。
『八月の暑さのなかで ホラー短編集』金原瑞人編訳 岩波少年文庫 2010
《収録作品》「こまっちゃった」エドガー・アラン・ポー(原作)/金原瑞人(翻案) 「八月の暑さのなかで」W・F・ハーヴィー 「開け放たれた窓」サキ 「ブライトンへいく途中で」リチャード・ミドルトン 「谷の幽霊」ロード・ダンセイニ 「顔」レノックス・ロビンスン 「もどってきたソフィ・メイスン」E・M・デラフィールド 「後ろから声が」フレドリック・ブラウン 「ポドロ島」L・P・ハートリー 「十三階」フランク・グルーバー 「お願い」ロアルド・ダール 「だれかが呼んだ」ジェイムズ・レイヴァー 「ハリー」ローズマリー・ティンパリ
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