フェリクス・J・パルマ『時の地図』

 しんそこ楽しいと思える小説に、久しぶりに出会った。スペインの新鋭作家による、仕掛けと遊び心に満ちた、言ってみれば「西洋伝奇小説」だ。
 舞台は1896年のロンドン。H・G・ウエルズの小説『タイム・マシン』が発表された翌年、マリー時間旅行社による2000年への未来ツアーが、上流階級の噂の種になっていた。この物語は三部からなり、それぞれが時間旅行をめぐる物語になっている。
 第一部は、恋した娼婦メアリーを切り裂きジャックに惨殺され、その後の八年を失意の底で暮らしている富豪の息子アンドリューが、過去に戻ってジャックの犯行を防ぎ、メアリーを救おうとする話。
 第二部は、上流階級の娘クレアが、現在の自分の境遇から逃れて遠い未来に生きることを夢みるが、マリー社のツアーで2000年の戦場に行き、〈人類の英雄〉デレク・シャクルトン将軍と出会い、恋におちる話。
 第一部、第二部ともに登場するのがH・G・ウエルズなのだが、第三部では彼が主人公となる。凶器は未来の武器と思われる連続殺人事件が発生し、彼はロンドン警視庁のギャレット警部補とともに犯人を追うことになる。
 タイムトラベルを軸にした物語は、ページをめくるたびに意表をつく展開を見せる。いたるところに仕掛けが隠されている。どう意表をつくか、どんな仕掛けがあるのかは、ここで明かすわけにはいかない。ただ、ひとたび読みはじめたら、その仕掛けの巧みさゆえに止まらない、ということだけは、はっきり言ってもかまわないだろう。
 ひとつだけ、ちょっと触れてみよう。この小説、各部の冒頭に前口上のようなものが添えられる。これ、何だろう? 作中にもときどき、この物語の「語り手」が現れる。この語り手、いったい誰? 
 第一部の〈エレファント・マン〉ジョン・メリックをはじめ、ヘンリー・ジェイムズ、ブラム・ストーカーら、ウエルズのほかにも歴史上の人物が登場してくるのも面白い。山田風太郎の明治ものとも、キム・ニューマンの《ドラキュラ紀元》シリーズとも違うのだが、両方好きな人はもちろん、どちらか一方でも好きなら、きっとこの本を楽しく読んでもらえることだろう。
 伝奇でもミステリでもSFでも、ジャンルを問わず面白い物語を求めている人には、最高の贈り物になるだろう。そして、もうひとつ、この本を楽しく読んだ人同士なら友達になれるだろう、という「おまけ」もついてくる。。そう、ネタを割ることを気にせずに、この仕掛けや遊びの面白さを語りあえるのだから。

フェリクス・J・パルマ『時の地図』上下 宮崎真紀訳 ハヤカワ文庫NV 2010
EL MAPA DEL TIEMPO. Felix J. Palma, 2008
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/31227.html
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/31228.html

マイクル・コナリーおぼえがき

 この夏は、マイクル・コナリーの長篇ミステリを読むのに費やした。邦訳されたもの十七作、どれひとつ外れがないことに、あらためて脱帽した。初めて読むものはもちろん、再読したものはなおさらに、その面白さに驚きっぱなしだったのだ。
 十余年にわたって、長篇を十七作も書いているのだから、どこかで悩んだり、新たな試みをして失敗したりということも、ありそうなものだ。いや、コナリーにもそんなことはあったのだろう。でも、書いたものからは、まるで感じられない。読者個々の好みはあるだろうけれど、読んで落胆するようなものはひとつもない。「コナリーはどれから読めばいい?」という質問をよく耳にするのも、質の高さのあらわれのひとつなのだろうか。
 ちょっと空想して遊んでみることにしよう。扶桑社、講談社早川書房講談社と、出版社を移しながら邦訳が続いているコナリーが、どこか別の出版社から、まとめて出ていたら、どんなふうになるだろう。
 たとえば創元推理文庫で、それも昔の、ジャンルをマークで表示していた時代に出ていたら、と考えてみた。すると、ハリー・ボッシュものは「ハードボイルド、警察小説」の拳銃マークになるのは、まちがいない。『わが心臓の痛み』も同じだろう。『バッドラック・ムーン』や『チェイシング・リリー』は「サスペンス」の猫マーク、『リンカーン弁護士』は言うまでもなく「法廷もの」の時計マークだが、ここで悩むのが『ザ・ポエット』。これは猫マークと拳銃マーク、どちらが収まりがいいのだろう。
 いや、いっそ一つのマークにしてしまおう。あの「横顔に疑問符」の本格推理マークだ。捜査活動をリアルに描くさまは警察小説だし、主人公と文体はハードボイルドでも、コナリーのミステリはどれをとっても、謎解きの面白さと、読者を驚かせる仕掛けに、いちばんの力点を置いている、と、ぼくは思っている。たとえば、ポリス・アクションの映画を見るような『ブラック・アイス』に潜む、ミステリ・マニアを切歯扼腕させる仕掛けや、『チェイシング・リリー』で窮地のどん底から駆け上がっていくような、主人公の鮮やかな謎解きを前にすると、コナリーが自作の中で「謎とその解決」を最重視しているように、思えてならない。
「コナリーを読むときは、できるだけ予備知識を持たないように」というようなことが、あとがきや解説で、たびたび書かれている。ぼくも同感だが、こう言われるのも、興味の中心が謎解きにあるからではないだろうか。
「どれから読めばいい?」という質問が多いのも、それゆえに、なのかもしれない。「コナリーのミステリは、それぞれがはっきりつながって、一つの世界を創っている」と聞いて、うっかり新しい本から読むと、古いもののネタを割っていたり、謎解きがわかり辛かったりするんじゃないか、などという不安を抱く読者もいそうだ。作品相互のつながりがプロットや謎解きに深く関わっているのは、既訳の中では『天使と罪の街』しかないから、そんな心配性な人も、安心して楽しんでいただきたい。他の作品では、細部のつながりはファンサービスだと思って、何作か読んで細かいところが気になりだしたら読み返してみる、というくらいの付き合いでよさそうだ。たとえば、『暗く聖なる夜』をまず読んで、あの結末の彼女はどんな人なの、と思ったら、『ナイトホークス』に遡ってみてもいい。「あれを読むならそのまえにこれを読まないと」なんて、勉強みたいに思ったら、ミステリを読むのも気が重くなってしまうだろう。
 楽しまないともったいない。こんなに外れのないものを書くミステリ作家なんて、なかなかいないんだから。
《翻訳ミステリ大賞シンジケート》で、翻訳者の古沢嘉通さんが、初心者に薦めるコナリーの三作として、『リンカーン弁護士』『わが心臓の痛み』『暗く聖なる夜』を挙げている。さすが、と言うほかない選書だ。ぼくには、この三作にそっと加えたい、もう一作がある。『シティ・オブ・ボーンズ』。古い白骨の謎を、地道にこつこつ追っていくボッシュヒラリー・ウォーの『愚か者の祈り』や『ながい眠り』を二十一世紀に書いたらこうなるのか、と思わせる、警察捜査小説の傑作だ。
 マイクル・コナリーの邦訳は、嬉しいことにこれからも続くということだ。次の邦訳を、読み逃した短篇を探しながら待つことにしよう。

たびたびで恐縮ですが、これからコナリーを読もう、とお思いの方は、「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(翻訳ミステリー大賞シンジケート。下記リンク先)を、ぜひ御一読ください。作品リストもそちらで御参照いただけます。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054

平賀三郎編著『ホームズなんでも事典』

 シャーロック・ホームズは好きだが、シャーロッキアンを名乗るほどでもない。だからか、このような本が出ていることにも、気づいていなかった。日本シャーロック・ホームズ・クラブのメンバーを中心に、さまざまな人たちが、ホームズをめぐる雑学を披瀝してくれる。ぼくみたいな読者がシャーロッキアンに一歩近づくとしたら、これは実に好適な本だ。
 ホームズの時代のロンドンの地理や鉄道についての検証、電信電話の普及と実態など、いかにも「ホームズ学」的なものから、インヴァネス・ケープやディア・ストーカーの実用性、さらにはドイルの時代の英国の出版事情や、日本のホームズ研究者、紹介者についてまで、103項目もある。どこから読んでも楽しい。面白いのは、「教育」「発達障害」「愛国心」など、ホームズ自身に関する項目で、読みの深さ、切り口の斬新さには脱帽する。
 この本の前に『ホームズまるわかり事典』という本も出ているのだとか。そっちも探さないと!
 なお、本書は執筆者のお一人、原田実さんから御献本いただきました。ここに記して御礼申し上げます。
『ホームズなんでも事典』平賀三郎編著 青弓社 2010
http://www.seikyusha.co.jp/books/ISBN978-4-7872-9198-1.html

和田誠の仕事(たばこと塩の博物館)


(展示作品の一点。たばこと塩の博物館HPより)

 先月の11日から、たばこと塩の博物館で開催されている「特別展 和田誠の仕事」を、ようやく見にいくことができた。
 和田さんの、デザイナーとしての仕事のはじまりに、煙草「ハイライト」のデザインがあった。そのことは回想記ふうのエッセイ『銀座界隈ドキドキの日々』で読んで知ってはいたが、その後も煙草と縁の深い仕事が続いていた、とは知らなかった。
 煙草の雑誌広告や、煙草や喫煙具などをモチーフにした作品をまとめて見られるのも楽しいが、煙草テーマの一コマ漫画「地にはピース」と、俳優のポートレイト「映画の中のたばこ」の、描きおろし連作が見られるのには感激した。なお、その描きおろしの制作風景の録画が、館内で見られるのだが、小さなキャンバスにアクリル絵具をパレットナイフで塗っていく和田さんの手さばきには見とれるほかない。
 ほかにも、映画や演劇のポスター、本の装丁、カレンダーの原画など、おなじみの(ということは、本領発揮の)作品が、小ぢんまりした会場にほどよく展示されて、一点一点をじっくり楽しめる。絵本の原画で驚いたのは、印刷の製版の色ごとに、一枚の絵を分けて描いたという『かいぞくのうた』。あえてこんなことをするなんて、和田さんらしいな。そういえば、『グレート・ギャツビー』の装丁について直接お話をうかがったとき、和田さんは「手間のかかる装丁だけれど、能率のよさが歓迎される世の中、ひとりくらい手間をかけるデザイナーがいたって、いいでしょう」と笑っていたっけ。
 なお、会場で販売されている図録は、和田さん御自身がレイアウトしたものだとか。さらに、巻末の資料に和田さんの著作リストが収録されているのは、嬉しい驚きだ。
開催は11月7日まで。もう一、二度は見にいきたい。
http://www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/1009_event/index.html

マイクル・コナリー『終決者たち』ほか

 この二か月ほどで、マイクル・コナリーの長篇ミステリのうち、邦訳されたものをほぼ読み通した。その間は、なんとも幸せな時間だった。ほぼ、というのは、発売されるやすぐ購読した二作、昨年の『リンカーン弁護士』と最新の『エコー・パーク』は、まだ印象が薄れていないので、読み返していないからだ。再読の楽しみは次の THE OVERLOOK が邦訳されるまでとっておこう。
 それにしても、マイクル・コナリーという作家は怖ろしい。出来に多少の波はあるかもしれないし、読む側の好みもあるだろうが、十七作の長篇に、外れがひとつもないのだから。どれに手をつけても、読みだしたら止められないほどに面白いのだ。
単発作品『チェイシング・リリー』(古沢嘉通・三角和代訳 早川書房2003 → ハヤカワ・ミステリ文庫2007)は、科学者にして起業家のヘンリー・ピアスが、間違い電話を受けたことをきっかけに、無縁なはずの娼婦リリーの行方を追う物語。ピアスがリリーを捜す理由を含めて、隅々までが綿密に計算されているのには脱帽するほかない。だが、それ以上に、脅迫にも苦痛にも屈することなく真実を追い求めるピアスのまっすぐさには心うたれる。その「まっすぐさ」が、鮮やかな謎解きと爽快な結末に、まさに最短距離で結びついている。なお、この小説、重要なところでボッシュ・シリーズとつながっているのも楽しい。
『暗く聖なる夜』(古沢嘉通訳 講談社文庫2005)は、読み返してみて、傑作だとつくづく実感した。殺人と映画撮影現場での強盗。過去の二つの事件は、さまざまな思惑がからんで複雑な謎になっている。今は私立探偵のボッシュは、その謎をわずかなほころびから、粘り強く解いていく。謎解きの面白さはもちろんだが、捜査が進むうちに浮かんでくる、事件にかかわる人々ひとりひとりの姿の、鮮やかさに圧倒された。なお、これまでの中でいちばん多く、作中にジャズの曲が流れるが、中でもルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」は、本作の主題歌といっていいほどで、ぼくは読み終えてから何度も聴き返してしまった。
『天使と罪の街』(古沢嘉通訳 講談社文庫2006)は、連続殺人鬼「詩人」が再び凶行を起こす、『ザ・ポエット』の直接の続編。ハリー・ボッシュは、テリー・マッケイブの急死に不審を抱いた妻グラシエラから依頼を受けるという、『わが心臓の痛み』『夜より暗き闇』から直接に続く物語でもある。コナリーはどれから読めばいいか、という話はよく聞くし、ぼくなら「どれからでもいいよ」と答えたいけれど、この一作だけはコナリー・ファンのためのスペシャル版とでも言うべきなので、これまでの長篇を読んだ後で読むのがいいだろう。『ザ・ポエット』の結末にすっきりしないものを感じたぼくは、本作を読んで納得した(霜月蒼氏の解説に、さらに納得)。
 訳者自身が、あとがきで「最も好きなボッシュもの」と語っているのが『終決者たち』(古沢嘉通訳 講談社文庫2007)だが、それにはぼくも同感。コナリーのミステリは実際のページ数よりもボリュームがあるように感じる、と、『エコー・パーク』を紹介したさいに書いたけれど、こちらも簡潔な筆致、スピーディーな展開、緻密なプロットの、密度の高い一作。ロスアンジェルス市警に復職し、未解決事件班に所属したボッシュの活躍は、やはり予備知識なしで楽しんでいただきたいので、これ以上は書きません。ただ、古沢さんのあとがきから、一言だけ引用させていただこう。「本書は、おそろしくまっとうな警察小説(Police Procedural)である」英語のところが肝心なのだけれど、どう肝心かは、ぜひ本を手にとって目を通していただきたい。下巻の373ページです。

『終決者たち』上下 マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 講談社文庫2007
THE CLOSERS by Michael Connelly, 2005
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2758474
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2758547

繰り返しのリンクになりますが、古沢嘉通さんの「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)は、訳者によるものだけに、最良の手引きだと思います。ぜひ御一読ください。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054

マイクル・コナリー『シティ・オブ・ボーンズ』ほか

 引き続き、マイクル・コナリーの長篇を、原書発表順に読んでいる。デビュー作の『ナイトホークス』から『ラスト・コヨーテ』までの四作を紹介したのが先月のはじめのこと。あれからひと月とちょっとで、長篇、それもけっこう長いものを、七作も読み終えてしまった。『翻訳ミステリ大賞シンジケート』の「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(リンクは下記)で、訳者の古沢嘉通さんが書いておられた「コナリー中毒」に、どうやらぼくも罹患してしまったのかもしれない。
 今回読んだのは、第五作『ザ・ポエット』(1996)から第十二作の『シティ・オブ・ボーンズ』(2002)まで。『ラスト・コヨーテ』でボッシュ自身の物語を一段落つけたせいか、これから何を書いていこうかという、コナリーの試行錯誤が見えるようにも思う。が、そんなときも彼はスランプにおちいりはしなかったようで、どれを読んでも面白い。ちょっと怖いくらいだ。
『トランク・ミュージック』(古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー1998)と『エンジェルズ・フライト』(同2006 初刊『堕天使は地獄へ飛ぶ』扶桑社2001)では、新しい上司のもとでチーム・リーダーとして事件に取り組むボッシュが描かれる。行動を共にする同僚や部下がいるだけに、警察小説の色調が強まった印象だ。『トランク・ミュージック』では事件と並行して語られる、『ナイトホークス』以来のボッシュのロマンスから目が離せない。『エンジェルズ・フライト』では警察官の、法の番人であるがゆえの過ちと苦悩が胸を打つ。
 この時期は、ボッシュものと交互に、別の主人公が登場する作品が発表されている。新聞記者ジャック・マカヴォイが、双子の兄の変死を機に、ポオの詩でつながれた連続警官殺害事件を追う『ザ・ポエット』(古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー1997)。心臓移植を受けた元FBI捜査官テリー・マッケイレブが、ドナーとなった女性を殺した犯人を捜すことになる『わが心臓の痛み』(古沢嘉通訳 扶桑社2000→扶桑社ミステリー2002)。前科のあるヒロイン、キャシー・ブラックがラスヴェガスで現金強奪に挑むことからはじまる、硬質な感覚の中に哀切さをたたえたサスペンス『バッドラック・ムーン』(木村二郎訳 講談社文庫2001)。ぼくはこの『バッドラック・ムーン』が、コナリーのここまでの長篇の中でもことに好きな一作なのだが、ボッシュ・サーガとの関連は、『ザ・ポエット』と『わが心臓の痛み』のほうが深い。謎解きを中心とした作風も共通しているのだけれど、続く『夜より暗き闇』(古沢嘉通訳 講談社文庫2003)で、マッケイレブがボッシュを奇怪な殺人事件の犯人ではないかと疑い、マカヴォイは映画業界で起きた殺人事件の公判に出廷するボッシュを取材するという、共演を見せてくれるからだ。単発作品の主人公が、シリーズの主人公を外から見る「目」になるというのは、あまり類のないことかもしれない。
 ここまでの六作は、どれをとっても一気読みの面白いものばかりなのだが、七番目に読んだ『シティ・オブ・ボーンズ』(古沢嘉通訳 早川書房2002→ハヤカワ・ミステリ文庫2005)には脱帽するほかない。一歩抜きん出た傑作だ。読み終えたとき、強烈な打撃にKOされたように感じたほどだ。それも、実に心地よく。
 一月一日の夕方。医師の愛犬が見つけてきた古い骨についての通報を受けたボッシュは、近くの森で白骨死体を発見する。法人類学者ゴラーにより、それが十二歳くらいの少年のもので、死亡時期は一九八〇年頃、虐待を受け続けていた痕跡があり、死因は撲殺と推定された。わずかな手がかりのなか、ボッシュは二十余年前の殺人を捜査していく……おっと、これ以上は書かないほうがよさそうだ。多くの人が言うように、コナリーを読むときはできるだけ予備知識がないほうがいいのだし、ぼくが下手な褒め方をしたら、かえってこの傑作に悪いことをしてしまうかもしれないから。

『シティ・オブ・ボーンズ』マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 ハヤカワ・ミステリ文庫2005(初刊・早川書房2002)
CITY OF BONES by Michael Connelly, 2002
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/430101.html
古沢嘉通「初心者のためのマイクル・コナリー入門」(翻訳ミステリ大賞シンジケート)
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20100413/1271091054

サイモン・ルイス『黒竜江から来た警部』


「パパ、助けて」突然、留学先からかかってきた一人娘ウェイウェイの電話。ジエン警部は矢も盾もたまらず、英語がまったくできないことも忘れて英国に単身乗り込んだ。言葉の壁にもカルチャーギャップにもめげず、ジエンは持ち前の強引さで中国系移民社会の人々を巻き込んで消えた娘の行方を追う。だが、ようやく見つけた娘の携帯電話には思いがけない残酷な動画が……!意固地で横暴で野暮でタフな、新ヒーロー登場。 (出版社HPより)

 世界地図を見てみたくなった。まずは、ジエン警部のいる黒竜江は、中国のどのあたりにあるのか。それから、娘ウェイウェイの留学先、リーズはイギリスのどこにあるのか。黒竜江は北京や上海よりむしろ、平壌ウラジオストクのほうが近いし、リーズはマンチェスターに近く、ロンドンよりはずっと北にある。どちらもあまり馴染みはないが、だからこそ面白い。「上海から来た警部」だったら、英語くらいは話せそうだし、失踪した娘を捜しに行った先がオックスフォードだったら、こんな話にはならないだろうから。
 一本の電話から、ひとり異国に乗り込む警部。言葉の壁はもちろん、「四面楚歌」とか「五里霧中」とかいう言葉そのものの状況を、手順も道理もあればこそ、まさに「孤軍奮闘」「猪突猛進」で、母国を同じくする犯罪組織のボスとわたりあう。引き離された妻を捜す不法入国の青年ディン・ミンが道連れとなるが、いちおう英語ができる彼は相棒になるのか、お荷物にしかならないのか?
 テンポよくユーモラスな味わいがあるが、その向こうに見えるのは、カルチャー・ギャップのもどかしさや、同国人を食い物にする犯罪組織や、同じ中国人の間にもはっきりある貧富や地位の差といった、悲しいものばかり。そして、異国で生活することの難しさと、それでも生活していこうとする強い意志も。イギリスに生きる中国人たちのドラマが、直截に描かれてはいなくても、文章のあちこちから響いてくる。そして、だからこそジエン警部の奮闘ぶりに共感したくなる。
 このサイモン・ルイスという人は、よくよく中国のことを知っているのだろう、と思ったら、「地球の歩き方」のHPに掲載されたインタビューを見つけ、読んで納得。次の作品もぜひ読みたいものだ。
http://www.arukikata.co.jp/webmag/2010/rept/rept46_100700.html

黒竜江から来た警部』サイモン・ルイス 堀川志野舞訳 RHブック+プラス 2010
BAD TRAFFIC by Simon Lewis, 2008
http://www.tkd-randomhouse.co.jp/books/details.php?id=925
著者HP http://www.simonlewiswriter.com/

【追記】
 一本の電話からはじまるサスペンスといえば、サイモン・カーニック『ノンストップ!』(佐藤耕士訳 文春文庫2010)も、実に面白かった。同僚からの電話に出てしまったばかりに、とんでもないトラブルに巻き込まれる平凡な男の大冒険。こちらもぜひ御一読を。

http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167705862