シャーロック・ホームズの優雅な生活

 ビリー・ワイルダー監督の映画『シャーロック・ホームズの冒険』(1970 米)の小説化。1974年に邦訳され、今も書店に並んでいる。ホームズ・パロディにしても、ノヴェライゼーションにしても、ロングセラーと言っていいだろう。
 ホームズ聖典の長篇同様にコンパクトな長さのこの小説は、銀行に保管されていたワトソン博士の未発表の手記という形を取っている。ロシア・バレエ団からの奇妙な招待にはじまり、記憶喪失の美女に導かれた先で、ネス湖の怪物に遭遇? という、一見ホームズものらしからぬ奇妙な冒険が語られるのだが、思えば聖典の長篇はけっこう伝奇や冒険の要素が濃いし、短篇もけっして本格ミステリばかりではない。そう考えると、けっこうホームズものの持つ楽しさの核心をおさえているようだ。
 これは、映画の脚本を手がけたビリー・ワイルダーと、その盟友I・A・L・ダイアモンド、そして小説化したマイクル&モリー・ハードウィック、それぞれの腕だろうし、彼らのホームズへの愛情の表れでもあるだろう。
 聖典よろしく、物語はワトソンの真面目くさった文章で語られるが、それに注釈ならぬ茶々を入れ、ホームズ自身の手記もまじえて、読者を笑わせたり、驚かせたりしてくれる。聖典のもじりがあるかと思えば、そこを踏まえたうえで外すギャグもあり。「ワトソンはダンスが上手」(と本人が書いている)とか、「ホームズは同性愛者であることを告白した」(というのは嘘である)とかいうあたりは爆笑ものだ。ハードウィック夫妻はシャーロッキアンとしても有名だそうで、このあたり、だからこそ書くことができたのだろう。
 愛すべき小品が長く読まれていることを祝福し、おおらかに楽しみたい。
 読み終えたら、映画のほうも見たくなってきた。ぼくは中学生の頃、TV放映で見たが、ホームズ一行がネス湖についたあたりで、放送事故が起きて映画は中断し、続きを見ないまま、長い年月がたってしまった。DVDがリリースされているようだから、探してみよう。

シャーロック・ホームズの優雅な生活』マイクル&モリー・ハードウィック 榎林哲訳 創元推理文庫 1974
THE PRIVATE LIFE OF SHERLOCK HOLMES by Michael & Mollie Hardwick, 1970
http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=638