リチャード・コンドン『ワインは死の香り』

このブログに何か意味があるとすれば、たとえば本を取り上げたとき、「こんな本がある」もしくは「あった」と知る機会をひとつ増やした、というくらいなものだろう。とすれば、あまり語られることのない本を紹介しておくことで、少しは有用になれるかもしれ…

ユタ・ヒップ『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』Vol.1 & 2

JUTTA HIPP AT THE HICKORY HOUSE Volume 1《収録曲》Introduction (Leonard Feather) / 1.Take Me In Your Arms / 2.Dear Old Stockholm / 3.Billie's Bounce / 4.I'll Remember April / 5.Lady Bird / 6.Mad About The Boy / 7.Ain't Misbehavin' / 8.Thes…

アンソロジー『51番目の密室』『ポーカーはやめられない』

ミステリに限らず、アンソロジーが好きだ。理由は単純で、いろいろな作家が書いたものを一冊で読めるから。それだけなのだが、翻訳ミステリを読みはじめたばかりで、何から読んだらいいかわからない十代の頃には、とても頼りになったものだ。 中でも、いちば…

片倉出雲『勝負鷹 強奪二千両』

《悪党パーカー》シリーズの邦訳が途絶え、旧作も入手困難になっていることを、しんそこ残念に思っている。これはパーカーに限らず、ケイパー・ノヴェル(強奪小説)というものが、日本ではあまり周知されていないからだろうか。そういえば、ある推理作家氏…

ジェフ・リンジー『デクスター 闇に笑う月』

本を読むあいだは、ちょっとしたくつろぎの時間で、ほんの少しでも現実を忘れるのには、ミステリのようにルールや様式があるものが、ちょうどいい。怪事件を追う名探偵、その活躍と鮮やかな推理。現実にはありそうもないが、だからこそ、気楽に読めるという…

バド・パウエル『BUD POWELL IN PARIS』

このアルバム、デューク・エリントンがプロデュースしたことにも惹かれたのだが、それよりまず、「Dear Old Stockholm」が聴きたくて買った。が、直後に同曲のオリジナルを収録した、スタン・ゲッツの『THE SOUND』を手に入れてしまったばかりに、ほとんど聴…

ジャニータ・シェリダン『金の羽根の指輪』

『翡翠の家』『珊瑚の涙』に続く、新進作家ジャニス・キャメロンと、義姉妹リリー・ウーが活躍するミステリ・シリーズの第三作が邦訳された。 マウイ島の牧場主ドンが行方不明に。妻レスリーの留守中、いとこのハワードは相続権を盾に、牧場を我がものにしよ…

トマス・H・クック『沼地の記憶』

翻訳ミステリの読者の中でも、ぼくは「へそまがり」なほうなのだろう。これまでトマス・H・クックの小説を読まないでいたのだから。「純文学寄りで重い小説だろう」と思い、敬遠を決め込んでいたのである。だから、この『沼地の記憶』で、初めてクックを読…

映画『ウルフマン』

実にオーソドックスな狼男もののホラー映画だ。オリジナル脚本がカート・シオドマクというから、1941年の『狼男の殺人』(これはTV放映時のタイトルだとか。『狼男』としてDVDリリースされている)のリメイクなのだろうか。そちらは見た記憶がないので…

団鬼六『悦楽王』

《この世は夢よ、ただ、遊べ。/日本のエロに衝撃を与えわずか3年で華と散った伝説の雑誌『SMキング』。官能小説の王者が明かす70年代・痛快自伝的小説》(帯より) 最初のページで目にとまるのは、「ヒッチコック劇場」の文字。えっ、団鬼六が「ヒッチコッ…

マイクル・コナリー『エコー・パーク』

マイクル・コナリーのミステリを読んでいて、実際のページ数以上のボリュームがあるように思えてならないときが、しばしばある。文章が簡潔で、伏線が綿密なだけに、読んでいるあいだ緊張感がとぎれないからだろう。もちろん、この緊張感は、実に心地よい。…

マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』

そのウイルスの罹患者は高熱を発し、まもなく死亡する。だが、それで終わりではない。死後に甦り、生者を襲い喰らうようになる。中国奥地で発生するや、ウイルスは対処方法を探るいとまもなく蔓延し、世界は生ける屍であふれてゆく。生き延びるためには、人…

ジョン・ハート『ラスト・チャイルド』

前作『川は静かに流れ』の謝辞で、ジョン・ハートは自作を「家族をめぐる物語」と言っている。たしかに、同作を読んで、まさにそうだな、と思ったが、それ以上にぼくが感じたのは、とてもよくできたミステリであることだった。これは「家族」という素材から…

ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴』

一九九六年、ボスニア・ヘルツェゴビナ。幻の書『サラエボ・ハガダー』発見の報を受け、オーストラリアの古書鑑定家ハンナ・ヒースは、サラエボの国立博物館へ急行した。五百年前スペインで制作されたといわれる、このユダヤ教の祈祷書は、百年ものあいだ所…

F・W・クロフツ『フレンチ警部と毒蛇の謎』

クロフツは『樽』が有名なだけに、アリバイ崩しものの作家というイメージがあるようだけれど、実は密室ものあり冒険活劇ありの多彩な作風の人で、彼が書いたミステリはどれもはずれがないし、続けて読んでも飽きない。 最後に残されていた未訳長篇『フレンチ…

マイケル・バー=ゾウハー『エニグマ奇襲指令』

『ベルリン・コンスピラシー』が実に面白かったので、バー=ゾウハーの旧作を読み返してみたくなった。多くが手に入れにくくなっているのは残念だけれど、幸いこの『エニグマ奇襲指令』は、まだ書店に並んでいる。ぼくがこれを最初に読んだのは、内藤陳さん…

映画『シャーロック・ホームズ』

ガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』(SHERLOCK HOLMES.2009年 アメリカ映画)は、ドイルを原作にしているのではなくて、正典から想を得たライオネル・ウィグラムのグラフィック・ノヴェルによるものだとのこと。なるほど、全体に「漫画」っぽ…

ブログ二周年

自分の好きなことを書いて楽しむつもりで、ブログをはじめたら、もう二年たってしまいました。 飽きるまでは続けていきたいと思います。今後もどうぞよろしくお付き合いのほどを。

スタン・ゲッツ『THE SOUND』

スタン・ゲッツの「ディア・オールド・ストックホルム」が最初に収録されたアルバムだと聞いて、『THE SOUND』をながらく探していた。ポール・チェンバースの『BASS ON TOP』でこの曲を知って、それからマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、バド・…

南洋一郎(原作ルブラン)『奇巌城』

昔、小学校の図書館には、ポプラ社の〈名探偵ホームズ〉と〈怪盗ルパン〉が、ずらっと並んでいた。同級生たちは「ホームズとルパン、どっちが好きか」なんて話していたものだった。 あのシリーズに出会うことは、さすがにもうないだろう。そう思っていたら、…

ジュール・ヴェルヌ『グラント船長の子供たち』

『グラント船長の子供たち』は、ヴェルヌの1868年の作で、1872年の『海底二万海里』とは、1875年の『神秘の島』で、ひとつの世界の物語となる。同作の第二部が本作の、第三部が『海底二万海里』の、それぞれ後日譚となっているのだ。 だが、『海底二万海里』…

マイケル・バー=ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』

《ミステリ》の範疇に入る小説の中でも、とりわけエスピオナージュ――スパイ小説は複雑にして精妙。薦めるつもりで、うっかり余計なことを言って、台無しにしかねない。 マイケル・バー=ゾウハーの十五年ぶりの新作長篇も、あまりに面白いものだから、人に薦…

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』

急に、このイギリス文学の古典を読みたくなったのは、『高慢と偏見とゾンビ』という、なんとも奇天烈な小説が邦訳されたから。本歌取りをホラーでしてみた様子で、面白そうなのだが、原典を知らないで本歌取りを楽しむわけにもいくまい。 で、この『高慢と偏…

ジョン・ハート『川は静かに流れ』

主人公アダム・チェイスが、ノースカロライナ州ローワン郡に向かう冒頭から、もう胸に堪えてくる。殺人の冤罪ゆえに故郷を捨てた彼ほどでは、もちろんないのだが、自分の思い出の重さ暗さが浮かんで、ページをめくる手が滞りがちになる。 それでいて、なのか…

『ソニー・クラーク・トリオ』

疲れていたり、心に余裕がなかったりすると、音楽を聴こうという気には、なれなくなってくる。むしろ、そういうときこそ、音楽が必要なのだけれど。ふと、しばらく使ってないな、と i-Pod nano の電源を入れようとしたら、何をやっちまったんだか、充電池が…

フィリップ・マクドナルド『Xに対する逮捕状』

フィリップ・マクドナルドというミステリ作家は、ぼくより少し上の年代の読者には、伝説の存在だったらしい。ぼくには、その実感がない。十代の頃《ミステリマガジン》の犯人当て懸賞として分載された『迷路』で出会い、前後して創元推理文庫から『ゲスリン…

スティーヴン・キング『夜がはじまるとき』

スティーヴン・キング五冊目の短篇集、JUST AFTER SUNSET の後半が邦訳された。昨秋、前半の邦訳『夕暮れをすぎて』が発売されたとき、「後半が出たら通して読もう」と思って買ったが、我慢できなくなってすぐさま読んでしまったことを思い出した。 『夕暮れ…

ジョー・ゴアズ『スペード&アーチャー探偵事務所』

ダシール・ハメットの『マルタの鷹』は、読んではみたものの、面白さのわからない小説だった。まあ、仕方がないだろう。読んではみたものの、などと言っている奴が中学生だったのだから。もっとも、子供向けのミステリ入門書の名探偵紹介欄では、サム・スペ…

沢木耕太郎『一瞬の夏』

カシアス内藤を見た。 この秋に開かれた、ボクシング関係のあるイベント会場でのことだ。黒い肌の大きな人が、スパーリングを終えた少年の肩を叩きながら話しかけていた。E&Jカシアス・ボクシングジムの内藤会長だ。身のこなしや目の光には、気おされるよ…

津野海太郎『したくないことはしない 植草甚一の青春』

植草甚一さん、と、つい「さん」付けで呼んでしまうのだけれど、お会いしたことなどもちろんない。ただ、書いたものを読みはじめた十代の頃から、不思議な親しみを感じていて、かれこれ三十年あまり、勝手にそうさせてもらっている。 図書館で《植草甚一スク…